| HOME |
↑クリックお願いしますm(_ _)m↑ |
<<図們・長春編 | 中国バックパッカー | 中朝国境 臨江・長白・白河編>>東北三省旅行記~集安 高句麗遺跡編概要中朝国境の集安を訪れ中朝国境に架かる鴨緑江大橋を訪れると自動小銃を持った武警に呼び止められ・・・。そして、世界文化遺産の高句麗遺跡を見物するが入場料が100元なので入口から見る節約観光を実施する。 Google Earth 吉林省 2008/10/2予算使用状況出金 食費 12.3元 宿泊費 20元 保証金 10元 バス代 2元 合計 44.3元 入金 保証金戻る 20元 6347次 無座で通化→集安![]() ![]() ![]() 0750頃、宿を出て通化駅へ向かう。今日は中朝国境の集安へ移動して好太王碑など見物する予定だが駅のX線検査で因縁つけられてバックパックの中身を出すが保安が気になっていたのはCD-RとDVD-RWのメディアだった。爆弾にでも見えたのだろうか?おまけにバックパックに荷物を戻していると公安が勝手に人のリュックサックを持ち去って調べようとするので文句を言って阻止する。持ち主のいない所で調べる振りして毒品(薬物)とか仕込まれて冤罪で死刑にされては困るのでこの辺はしっかり注意しないといけない。因縁つけられたおかげで改札は既に始まっており乗車したら車内に空席がほとんど無い。最後尾車両で何とか座る事が出来たが座れない乗客もいた。1130頃、集安に到着する。出口を出て駅前で宿を探そうと思ったら数軒あるだけだったので市街地まで歩いて探す事にする。因みに駅前の通りには好太王碑のある太王-市内の路線バスが通っているので利用した方が楽である。 バスターミナル前の宿![]() 1230頃、バスターミナル前に到着する。さすがに市街地なので宿もそこそこ揃っているので数軒部屋を見るが外国人お断りで追い出される。しかし、シャワー・トイレ付きだと30元からあるのが分かった。結局宿泊することにしたのは登記無しで1泊20元のボロ部屋だ。とりあえず今日は荷物置き場として使えればよいので金を払ってすぐに外出する。 鴨緑江大橋![]() ![]() ![]() 1300頃、市内から太王行きのバスで終点まで乗車する。終点は好太王碑と中朝国境の鉄道橋への道分岐点になっている。まずは一番遠い鉄道橋から見物する事にして道路脇の線路を歩いて行く。鉄道橋までは約4㎞あり途中で鴨緑江の堤防沿いに歩いて行く。堤防沿いからは北朝鮮が見え稼動している工場や道を歩いている北朝鮮の人民が見える。1415頃、鉄道橋の鴨緑江大橋までかなり近づいてきた。 ![]() ![]() 鉄道橋には観光客がおり橋の中間地点まで行って記念撮影しているのが見える。中国側の国門を撮影して堤防から線路へ上がると国境警備をしていた自動小銃を担いだ武警に呼び止められた。武警が「何処から来たんだ?1人か?」と聞くので「1人だよ。そこから上がって来た」と階段を指差すと何やら武警は驚いた様子だ。そして、武警が「何人だ?」と聞くので「日本人」と答えると又驚いている。武警は「来た道を戻ってくれ」と言うので、どうやらちゃんと入口で入場券を買ってからでないと見物できないようだ。でも、間近で鉄道橋を見物してしまったのだが・・・。まあ、言われたとおりに堤防沿いを戻るが入場券売場がどこか確認するために堤防から線路を越えて公路に出て1440頃、バスが停車していた入口らしい場所に到着。売店があったり武警が警備しているのでここが入口のようだ。入場券売場が見当たらないので周辺の様子を窺うと売店に入って売店から入場券をもって出てくる観光客がいる。で、売店で「入場券いくら?」と聞くと売店のおっさんが「お前何人だ?」と聞くので「日本人だ」と答えると「駄目だ!駄目だ!」のそっけない返事が・・・。ここは日本人お断りの観光地で入場券を買う以前の問題であった。だから武警は目の前に日本人が現れたのに驚いていたのか?というか、堤防に柵作って禁区にして入れないようにして置けよ。徒歩で太王まで戻る事にするが途中で青石行きのバスとすれ違う。青石行きのバスを利用して鉄道橋の近くで降りたり、集安に戻るバスを拾って戻る事も出来そうだ。 好太王碑、将軍墳![]() ![]() 1600頃、好太王碑に到着する。集安にある好太王碑など高句麗の遺跡は2004年に世界文化遺産に登録されており観光開発が進められている。 ![]() ![]() 好太王碑は広開土王の墓碑で倭国に関する記述もあり古代史が好きな人達にはかなり有名な墓碑らしい。1620頃、将軍墳(将军坟)に到着する。将軍墳は広開土王か息子の長寿王の墓と言われている。この2ヶ所は道路から見えるので金の無い貧乏旅行者でも遠くから見物できる。1650頃、バスで市内へ戻る。因みに集安の路線バスには観光路線があるようだが国慶節の連休中でもバス停があってもバスは走っていなかった。客がいなくて廃止になったのか? 2008/10/3予算使用状況出金 食費 20.5元 宿泊費 30元 保証金 10元 バス代 2元 切符代(集安→通化) 8元 切符代(通化→臨江) 9元 合計 79.5元 入金 保証金戻る 10元 国内城址![]() 0630頃、宿を出て市内に残る高句麗の城壁を見物する。天気は生憎の雨であったが小雨なので強行軍で城壁に沿って歩いて丸都山城へ向かう。高句麗の都は平時は平地に置かれ、有事の際には山城の丸都山城に都の機能を移していたらしい。 丸都山城![]() ![]() 丸都山城は集安の北約2.5㎞に位置している高句麗の山城である。市内から徒歩で川沿いに歩いて行くと途中で1路の路線バスに追い越される。どうやら丸都山城までバスが運行されているようだがバスには乗らずに丸都山城へ向かう。0730頃、丸都山城に到着する。丸都山城の手前の橋の近くには1路のバスが停車しており市内から丸都山城まで行く事が出来るのを確認できた。丸都山城の麓には高句麗の古墓群である山城下貴族墓地があり、ここでは2ヶ所の遺跡が見物できるようだ。駐車場へ行くと既に入場券売場が開いているようだ。と言っても入場券売場はテントに設置されておりまだ観光地としては整備途中のようだ。0740頃、1路のバスに乗車して市内へ戻るが乗客が6人ぐらいしかいない。 禹山貴族墓地![]() 0800頃、市内から徒歩で禹山貴族墓地へ向かう。場所は集安駅の北なので、まずは集安駅へ移動だ。集安駅に到着して通化行き切符を購入した後に駅舎の隣にあるイミグレの集安口岸の脇の道から地元民に紛れて線路を渡り路地を抜けると禹山貴族墓地が目の前に見えてきた。道路沿いに東へ歩いて行くと駐車場が見えてきて0830頃、入口に到着する。駐車場には数台の車があり金持ち中国人が観光に来ているようだ。貧乏旅行者の自分は柵の外から見物である。市内へ戻りながら禹山貴族墓地を見物して0930頃、快餐で朝食に炒飯を食べる。 6348次 無座で集安→通化![]() ![]() 1040頃、宿を出て太王行きのバスで駅前へ移動する。集安駅は駅舎の隣にイミグレの集安口岸があり一応は出入国のカウンターはあるようなのだが北朝鮮行きの列車がないようなのでほとんど機能していないようだ。 ![]() ![]() ![]() 1150頃、改札が始まり列車に乗車する。今日は通化へ戻り明日は臨江へ移動する計画だ。本来の予定だと集安には2泊のつもりであったが早朝から丸都山城へ行ったので今日の通化行きの列車に間に合ってしまった。列車が発車して暫くは車窓から北朝鮮が見えて集安を出ると山間部を走り続ける。山は紅葉真盛りで景色はなかなかだ。しかし、対面に座っているガキが林檎の皮を窓からポイ捨てしている。まあ、百歩譲って自然分解される林檎の皮なら許すがガキが将来その辺の民工の様にビール瓶やカップ麺の空容器をポイ捨てしないか心配だ。1515頃、通化に到着する。 国貿旅店部![]() ![]() 駅を出て駅前の国貿旅店部で部屋を見せてもらい30元の窓付きの部屋に宿泊することにする。登記の際には宿のおっちゃんが「日本人は駄目だ」とか言っていたがおばちゃんが「中国語分かるから大丈夫だ」とか言って結局「1泊して朝出て行くから」と言ったら大丈夫だった。で、この宿はトイレ・シャワー共同だが掃除はされているようでこの種の安宿ではまあまあのレベルだ。 ワインと牛乳ビール![]() ![]() ![]() 1540頃、駅で明日の臨江行きの切符を購入して餐庁で餛飩と刀削麺を食べる。そして、せっかく通化にいるのでスーパーで通化名産のワインを購入する事にするがスーパーで牛乳を使用したビールを見つける。今は乳製品はメラミン混入の問題で大打撃を受けているようでこのスーパーでは牛乳の安売りが始まっていた。各地でも牛乳の在庫処分が始まっているのだろうか?牛乳ビールは珍しいので敢えてワインと一緒に購入する。このビールもメラミン入りなのだろうか?市場では葡萄が500g2.5元とかで売られているのだがバラバラになった葡萄が500g1元で売られていたので1kg購入するがバラの葡萄が1.9kgしかなかったので、おばちゃんが500g2元の葡萄を100g付けて2元になった。 約1ヶ月ぶりに体を洗う1710頃、宿に戻りシャワーを使う事にする。9/5にハルピンを出て以来ののシャワーだ。もちろん選択もするがズボンは一晩では乾きそうも無いのでやめておく。久しぶりにさっぱりして葡萄を食べながらHP作成に励むが2200過ぎにトイレで糞をしていると人民が小便をしにきた。そして、人民は小便を終えて水を流さずにトイレから出て行きやがった。どうして、人民はトイレで小便や糞を水で流すという事をしないのだろうか?「研究卫生」という標語も人民には理解できないようだ。まあ、これが中国人の衛生感覚なのだろう。<<図們・長春編 | 中国バックパッカー | 中朝国境 臨江・長白・白河編>> |