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福建省旅行記~永定土楼編

概要
福建省での旅で見ておきたいのが永定土楼だ。今回は湖坑鎮にある永定客家土楼民俗文化村を訪れてみる。


Google Earth
福建省

2007/12/23

予算使用状況
出金

食費 13元
宿泊費 30元
保証金 70元
バス代 2元
SDカード 138元
合計 253元

入金
保証金戻る 10元
合計 10元

5218次、無座で安渓→龍岩

安渓駅5218次、安渓→龍岩の切符
0630頃に起床して0730頃に3路バスで安渓駅へ向かう。今日は永定土楼へ行くために龍岩へ移動するのだがSDカードが壊れているのでデジカメでの撮影は出来ない。0800頃、安渓駅に到着、0825頃に列車が到着して乗車するが天気は雨に変わる。今回は無座切符だったが座席は確保でき座って龍岩へ向かうが地元民用の列車なので乗客の質は最低だ。目の前でタバコを吸い、吸殻や弁当の容器を窓から投げ捨て、唾を吐く。不快指数が急上昇の中でデッキでGPSをいじっていると乗警が乗客の身分証確認をしている。程なくして自分にも身分証を提示するように求められるのでパスポートを提示すると、やはり乗警はちょっと驚いていた。乗警がちょっと驚くから周りの乗客が集まってくるし、乗警が「旅行か?どこまで行くの?」とか質問している傍から関係ない乗客まで質問してくる。おまけに乗警が「席は何処?荷物はどれ?」というので座席へ案内する。乗警が「荷物から目を離さないように」とか色々いうので周囲の乗客に正体がばれてしまった。おかげで龍岩までこれ以降座ったままで大人しく移動することになる。1405頃、龍岩に到着する。

龍岩に1泊、SDカード調達

龍岩汽車站
龍岩の天気は雨でこの後どうするかを考える。とりあえずはバスターミナルまで行かなければならないのだが、今日中に永定土楼を目指すか龍岩に1泊するか考えた末に天気も悪いしSDカード調達の為に龍岩に1泊する事にする。21路のバスに乗り汽車站で下車し龍岩汽車站にある龍宝旅館に1泊する事にするがフロントの姉ちゃんがパスポート見てもよく分からないとか、「パスポートでなく身分証はないの?」とか聞いてくるので「自分は外国人旅行客だからパスポートとビザはあるけど居民証とかは持っていないよ」と返答する。どうも姉ちゃんは中国のビザすら信用していないというよりビザの見方を把握していなかった。荷物を部屋に置いてSDカード調達に出かけるが何故か既に用の無くなった網吧がそこらじゅうにあるではないか!必要なときに見つからず、不必要になるとどこにでもあるというお約束の展開になっていた。さて、龍岩はそこそこの規模の街なのですぐにデジカメ専門店を発見する。店に入るとすぐに店員Aが声をかけてきたのでSDカードがあるか聞くと扱っているとの事で見せてもらう。扱っていたSDカードはkingstonの1G、109元と2G、138元の2種類だったの2Gを購入して、その場で動作確認をするがレジの姉ちゃんの店員Bが店員Aに「あの客、南方人?」とか聞いている。店には客が自分ひとりしかいなかったので、どうやら自分は広東省辺りの人間に思われたようだ。SDカードを購入してこれで再びデジカメが使えるようになった。

2007/12/24

予算使用状況
出金

食費 8元
宿泊費 90元(30元×3)
バス代(龍岩→土楼) 22元(保険料1元込)
合計 120元

入金
保証金戻る 70元
合計 70元

龍岩→永定客家土楼民俗文化村

龍岩→土楼のバスの切符今日乗るバスはこれだ。やはりバックパッカーにはこういうボロイ奴じゃないと面白くないな。永定客家土楼民俗文化村に到着です
0700頃に起床して0800前に宿を出て龍岩汽車站で0810発の土楼行きのバスに乗車する。バスに乗車すると永定土楼で宿を経営しているおっちゃんに声をかけられる。おっちゃんは所用で龍岩に来ていて永定土楼に戻るところで旅行者を見つけて声をかけてきたと言う訳だ。おっちゃんの話だと30~80元まで部屋があるから見ないかというので土楼に到着したら見ることにする。おっちゃんは更に商売熱心で土楼を見に行く観光客にも売り込んでいた。0820頃、10分遅れでバスが発車する。1030頃、永定客家土楼民俗文化村に到着する。牌坊の奥は公園になっており入場料は50元だ。まずはおっちゃんの宿を見ることにする。

土楼の環興楼に宿泊

土楼人家に宿泊といっても土楼の方に宿泊する
おっちゃんの宿は「土楼人家」という宿であった。ここでおっちゃんの息子に部屋を見せてもらうことになりおっちゃんは同じバスに乗っていた観光客を案内する。部屋を見せてもらったのだが、広くて綺麗なのは分かるが80元や60元の部屋だったので土楼の部屋を案内してもらう。案内してもらった土楼はすぐ近くの環興楼でおっちゃんたちの実家だ。ここの土楼が30元でトイレは土楼の外、シャワーは宿で、土楼の門限が1930になっている。土楼に3泊することにしたがおっちゃんの息子が「ほとんどの宿泊客は土楼は1泊しかしないよ」と言ってきた。うーん、これならもっと交渉すれば1泊15元とかでも十分いけた可能性があるな。そして、宿泊費の支払い時にあることに気付いた。料理のメニュー表が目に留まり見てみると炒飯が15元でぼったくり価格になっているではないか!この瞬間に永定客家土楼民俗文化村が九寨溝に匹敵するぼったくり観光地の可能性があると気付いた。今後の食事は一体どうなることか・・・。支払いを済ませるとおっちゃんの息子が情報ノートらしいのを見せてきた。ノートには日本語が書かれておりこの宿に日本人がそこそこ宿泊していることが分かった。更におっちゃんの息子が周辺の土楼への案内を売り込んできたが恐らく車代が凄いことになりそうなので断る。

環興楼を探検

環興楼環興楼土楼の中心にあるのが、この祖堂。
さて、永定土楼に来てみたが事前に情報収集をほとんどしていなかったので予定が全く決まっていない。まずは宿泊する土楼である環興楼から見るのが良さそうだ。環興楼は1550年に建築され450年の歴史がある。1550年というと中国は明代、日本は戦国時代で桶狭間の戦いの10年も前だ。環興楼は4層で、壁の厚さは1.8m、半径62m、面積は約3800㎡になり土楼の中では円楼という部類に入る。土楼は客家の人々が外敵から身を守る為に建てられており1853年には太平天国の乱で環興楼に太平天国軍が土楼内に侵入され放火されているが幸いこの時は雨により全焼を免れている。450年の歴史がある環興楼を探検するが、入口ではお婆ちゃん2人が話をしておりのどかな雰囲気だ。まずは土楼の中心にある祖堂を見るがどうも寂しいような気がする。先祖を祀っている祖堂は大きな位牌とかがあるのが定番なのだが、どうしてこんなに質素なんだ?そして、環興楼は李氏の土楼と分かった。という事は、宿のおっちゃんたちも李さんという事だ。
環興楼環興楼土楼の一部が崩れている
さて、土楼を一回りして雰囲気を味わうのだが土楼の規模の割には住んでいる人が少ないようだ。皆土楼の外で暮らしているのだろうか?そんなことを考えながら歩いていると糞の臭いがしてくる。土楼の内側には豚や鶏、鴨が飼われており臭いの発生源は豚小屋などの家畜小屋だった。
環興楼環興楼環興楼
続いては環興楼の4階から土楼内部を見下ろしてみる。土楼内部が見渡せてなかなかの眺めだ。
環興楼環興楼
こうして1130頃に環興楼の探検を終了する。

永定客家土楼民俗文化村の入口周辺

慶雲楼慶雲楼慶雲楼
1140頃、近くの慶雲楼を見物する。慶雲楼は清の乾隆年間(1736-1795)に建築された長方形土楼だ。慶雲楼を見物後に周辺の細い道を歩いてみると永定客家土楼民俗文化村への道に出てしまった。後ろには售票处があるので、どうやら逃票が出来るようだ。永定客家土楼民俗文化村は明日見物するので今日は来た道を引き返す。
土楼汽車站入口の牌坊で観光客が記念撮影です昼過ぎには厦門行きのバスが来ていた
1145頃、永定客家土楼民俗文化村の入口周辺を見てみる。土楼汽車站には白人が数人いたがバス待ちのようだ。団体の観光客も訪れて賑やかになってきたが、ここで土楼を撮影せずに観光客を撮影する自分が珍しいようでバイクタクシーのおっちゃんが「左の道へ行けば入場券買わなくて済むよ」と言ってくる。ついでに「香港人か?」と聞いてくるので「日本人だよ」と答えると珍しがっていた。

振福楼

歩きながら福建省の田舎の風景を楽しみます湖坑鎮に到着すると案内の表示があったので振福楼へ行ってみることにする振福楼
1230過ぎに土楼ばかりだとつまらないので福建省の田舎の風景を見ながら土楼の手前にある湖坑鎮へ歩いていくが途中にもいくつか土楼があった。1330頃、湖坑鎮に到着する。この後どうするか考えていると案内の表示を見つける。とりあえず、一番近い振福楼へ行ってみることにする。1345頃、振福楼の手前まで来たが道路脇に售票处があり入場料は40元・・・。ぼったくりだ!内部を見物する気は全く無いのでそのまま素通りして外から振福楼を眺めるだけにする。振福楼は1913年に建築されたかなり新しい土楼だ。

食事場所を何とか確保

1615頃に民俗文化村の入口まで戻ってきた。そろそろ夕飯を食べたいのだが九寨溝並みのぼったくり観光地の気配がするので何処で食べるかを考えたが、近くの背包客驛站に入ってみる。メニュー表を見るとやはり高いがご飯は1元で普通だった。ついでに炒飯がいくらか聞くと5元で意外にも普通の価格だった。ご飯が1元で普通の価格だったのでご飯3元分と一番安い青菜5元を注文する。料理が出来るのを待っている間、老板と話をするが自分が環興楼に3泊することを知っていた。どうやら環興楼に日本人が3泊することが知れ渡っているようだ。因みに老板も近所のおっちゃんと客家語で会話していて「客家語は標準語と違うでしょ」とか言ってきた。料理が出来て食べるが頼んで無いスープが来るがスープは無料ということで遠慮なくいただくが、いつの間にか老板と老板娘が外へ出かけてしまい会計するにも誰もおらず帰ってくるのを待つ。いくら田舎でも店を空けちゃいけないでしょう。食い逃げの可能性を考えていないのかな?しばらくして老板が帰ってきてようやく会計を済ます。ぼったくり観光地でも8元で十分食べることが出来た。店を出る際には老板が「明日も来てよ!」と言うが、この冬の閑散期では貴重な客なのだろう。

土楼宿泊には懐中電灯必須

環興楼に戻るが辺りは暗くなってきた。ここで夜に備えて川口浩探検隊のようにヘッドライトを準備する。土楼内は部屋以外は明かりが一切無く夜は完全に暗闇になるのだ。トイレに行く時、いやトイレや便所という表現より厠という表現があの凄い場所には適切だろう。厠には懐中電灯やヘッドライトは必須だ。そして、2200頃にヘッドライト装備で用足しに外へ出るが門が閉まっており閂を抜いて厠へ向かうが閂が重いので糞の場合は早めに行動しないと漏らす可能性が非常に高い。色々な意味で凄い所に宿泊してしまった。






2007/12/25

予算使用状況
出金

食費 17元
合計 17元

永定客家土楼民俗文化村

0640頃に起床して外の厠へ向かうが門がまだ閉まっていたので閂を抜いて門を開ける。外へ出ると既にバスが停車しているのが見えた。こんなに早くからバスで帰る観光客がいるのだろうか?0700過ぎに準備を整えて永定客家土楼民俗文化村へ向かう。朝のうちは售票处に人がいなく自由に出入りできるらしいのだが、用心して昨日見つけた裏道を通り景区内へ入る。景区内の土楼群は洪坑土楼群と呼ばれており明代から現代までの土楼が保存されている。まだ早い時間帯なので観光客は見当たらず地元民しか見当たらない。まずは景区の奥まで行ってみることにする。小学校を過ぎて橋を渡ると道が細くなり集落の奥まで来たことがわかり更に奥へ行くと地元民に奥に土楼がないことを告げられ引き返しながら土楼を見ていくことにする。

如昇楼

如昇楼。清の光緒年間(1875-1908)に建築された直径23mの小型土楼。如昇楼福祐楼と光祐楼
円楼、林氏民居。清の光緒年間(1875-1908)に建てられる。面積約500㎡、3階建、直径23m、門は1ヶ所、階段は4ヶ所ある。洪坑土楼群では小型の土楼である。

福祐楼

福祐楼福祐楼には客桟があり宿泊することが出来ます福祐楼は全国重点文物保護単位になっており、日本の重要文化財みたいなものです。
五鳳楼、清の光緒6年(1880)に建てられる。面積約7000㎡、前楼2階建、後楼(主楼)5階建になり洪坑土楼群の中でも比較的規模が大きい。福祐楼は全国重点文物保護単位に指定されているが客桟があり宿泊することが出来る。

東昇楼

東昇楼東昇楼東昇楼
長方形土楼、林氏民居、清の康熙13年(1674)に建てられる。面積約1200㎡、3階建、門は1ヶ所、階段は4ヶ所ある。

万盛楼

万盛楼万盛楼万盛楼
方楼、林市民居、清末(20世紀初頭)に建てられる。面積約900㎡、3階建、門は1ヶ所、階段は1ヶ所ある。

光裕楼

光裕楼光祐楼
長方形土楼、林氏民居、清の乾隆40年(1775)に建てられる。面積約2500㎡、4階建、門は1ヶ所、階段は4ヶ所ある。

慶福楼

慶福楼慶福楼慶福楼にいた犬
方楼、林氏民居、清の乾隆45年(1780)に建てられ、面積2300㎡、3階建、門は1ヶ所、階段は4ヶ所ある。

九盛楼

九盛楼九盛楼九盛楼
方楼、林氏民居、清の乾隆年間(1736-1795)に建てられる。面積約1500㎡、3階建、内門1ヶ所、外門1ヶ所、階段は4ヶ所ある。

西成楼

西成楼西成楼西成楼
長方形土楼、林氏民居、18世紀末に建てられる。面積約2100㎡、3階建、門は1ヶ所、階段は4ヶ所ある。

拱成楼

拱成楼拱成楼拱成楼
説明の看板がないので建設された年代は不明。崩壊している部分が多く保存状態が悪かった。

奎聚楼

奎聚楼奎聚楼奎聚楼
方楼、清の道光14年(1834)に建てられる。面積約6000㎡、前楼3階建、後楼4階建、門は1ヶ所、階段は4ヶ所ある。全国重点文物保護単位に指定されている。

朝陽楼

朝陽楼朝陽楼朝陽楼
U字形土楼、林氏民居、1968年築、面積約4000平方メートル、3階建、階段は2ヶ所ある。珍しいU字形土楼でしかも建築時期も新しい。

陽臨楼

陽臨楼陽臨楼陽臨楼
方楼、林氏民居、明の崇禎年間(1628-1644)に建てられる。面積約900㎡、4階建、門は1ヶ所、階段は4ヶ所ある。

景陽楼

景陽楼景陽楼景陽楼
方楼、林氏民居、清の道光年間(1821-1851)に建てられる。面積約2300㎡。4階建、門は1ヶ所、階段は4ヶ所ある。

集源楼

集源楼集源楼
方楼、林氏民居、清の乾隆年間(1736-1795)に建設される。面積約1000㎡、3階建、門は1ヶ所、階段は2ヶ所ある。

永成楼

永成楼永成楼永成楼
方楼、林氏民居、清の道光年間(1821-1850)に建てられる。面積約1000㎡、3階建、門は1ヶ所、階段は2ヶ所ある。

福興楼

福興楼福興楼福興楼
長方形土楼、林氏民居、清の道光年間(1821-1850)に建てられる。面積約800㎡、3階建、門は1ヶ所、階段は4ヶ所ある。

振成楼

振成楼振成楼振成楼
円楼、民国元年(1912)に建てられる。面積約5000㎡、4階建、俗称「八卦楼」。永定客家土楼民俗文化村の代表的な土楼であり観光客が多い。

慶成楼

慶成楼慶成楼慶成楼
方楼、林氏民居、民国26年(1937)に建てられる。面積約1100㎡、前楼3階建、後楼4階建、門は1ヶ所、階段は4ヶ所ある。

玉成楼

玉成楼玉成楼玉成楼
方楼、林氏民居、清の光緒元年(1875)に建てられる。面積約1500㎡、前楼3階建、後楼4階建、門は正面1ヶ所、側門2ヶ所、階段は2ヵ所ある。

裏道から入口へ戻る

左に行けば慶雲楼、右に行くと景区への道に出ます。後ろは景区入口の牌坊に戻ります。牌坊の左脇の道を進むと景区への抜け道がある
1100頃、一通り土楼を見たので入口へ戻るのだが售票处の前を通るのは避けて裏道から戻るが裏道は慶雲楼へ行く道につながっているので観光客が多数通るのだが皆分かれ道で左の慶雲楼へ向かってしまう。右へ進むとそのまま景区内に行けるのに・・・。

土楼人家で昼食

昼食を土楼人家で食べるのだが、もちろん一番安い青菜とご飯だけだ。ちょうど食べている時に老板の息子と観光客3人組が見てまわる土楼について話し合っており3ヶ所見るようなのでどこを見るかは大体予想がついた。田螺坑土楼群、南渓実佳村土楼群、下洋初渓村土楼群の事だろう。車代はそれぞれ150-200元といっているのでぼろ儲けだろう。

背包客驛站で夕飯

午後はHP作成に励み1600過ぎに夕飯を食べに背包客驛站へ行く。注文した料理は昨日と同じ青菜とご飯だが、ご飯が昨日よりも少し多くなっている。ご飯を食べていると老板娘が「明日はどこへ行くの?」とか聞いてきた。バイクタクシーの売り込みのようだ。南渓実佳村土楼群が100元とか言っていたが、これは交通費だけだから実際はチャーターとかガイド料とかが掛かる可能性がある。まあ、どちらにせよ見る気がないので断った。で、今日も老板と老板娘が外へ出かけていった。食い逃げの可能性が低いからといっても店の中を客だけにしないでくれ!結局食べ終わった後は老板が帰ってくるまで待つことになった。まあ、8元であれだけご飯が食べられればよしとしよう!土楼に戻りHP作成をするが1930頃に寝ることにする。






2007/12/26

予算使用状況
出金

食費 16元
合計 16元

高北土楼群へ向かう

高北土楼群への途中にも土楼があるT字路に案内の標識があった道路脇にはこんな杭があった。どうやら到着したようだ。
0650過ぎに起床し顔を洗いに行くが婆ちゃんがいたので挨拶すると客家語で何か言っている。どうやら、自分が半袖でいるので「寒くないのか」とでも言っているのだろう。さすがに土楼での滞在が3日目になると土楼の住人も警戒心をちょっと緩めてくれたようだ。顔を洗って糞をしに厠へ行くが、何時来てもここは凄い。ここの糞尿はやはり畑の肥やしになるのだろうか?0715頃、土楼を出て今日の目的地の高北土楼群へ向かう。高北土楼群は民族文化村から東へ約3㎞の高頭郷に位置している。途中にも土楼がいくつか見えるの撮影しながら進んでいく。
途中で道を外れて土楼を見ながらゆっくり進みます龍岩⇔高頭のバスは1日5本のようだ
高頭郷に入ると土楼の数が増えてきた。高北土楼群には承啓楼とかいう土楼が有名らしい。途中の標識にも「承啓楼」とかあった。そして、歩いていると壁に貼られた貼り紙に目が留まる。バスの運行表のようだ。龍岩⇔高頭は1日5本運行しているようだ。こういう情報を入手しながら0810頃、高頭に到着する。

承啓楼は外から見るだけにする

僑福楼承啓楼世澤楼と五雲楼
高北土楼群に到着するが售票处が見当たらないので僑福楼から見ていくことにするが僑福楼のおっちゃんが「入場券買え」とか言ってきた。售票处や入場料の表示が無いので無視して外へ出て次の承啓楼の撮影をする。承啓楼は有料というのは分かっていたので外から見るだけにしておくが今度は承啓楼のおっちゃんが「入場券買え」と言ってきたので「售票处が無いじゃないか!入場券は買わない!」と言ってやったがおっちゃんがしつこく「入場券買え」と言うので無視して外から土楼を撮影するだけにして立ち去る。

山の上から土楼を見る

山の上から見た土楼土楼の近くに現代の建物があるとちょっと・・・。承啓楼と僑福楼
土楼の近くだと「入場券買え」としつこく言われそうなので承啓楼の裏山に登る。裏山には景観台があったのだが初めは存在に気付かず地元民しか使わない道を登り撮影場所を探していた。0930頃、民族文化村へ徒歩で帰る。

壊れたSDカードから画像を復活

昼食後に壊れたSDカードからのファイル復活を色々試したところ、なんとファイル復活に成功する。検索するセクタをずらしながら試したらうまくいった。これで安渓での画像は失われずに済んだ。

今日も背包客驛站で夕飯

1630頃に腹が減ったので夕飯を食べに行く。今日も背包客驛站で食べることにするが、老板が仲間のおっちゃんたちとトランプをしていた。今日も青菜とご飯を食べるが、食事は背包客驛站で4回、土楼人家で1回しか食べていなかった。いずれも青菜とご飯だけだ。他にも料理はあるのだが客家料理とかは滅茶苦茶高いからだ。まあ、自分はご飯が腹いっぱい食べられれば文句無しだ。

2007/12/27

予算使用状況
出金

食費 14.5元
宿泊費 30元
保証金 10元
バス代 1元
バス代(土楼→龍岩) 21元
切符代(龍岩→深圳) 99元
合計 175.5元

土楼→龍岩

まずは鍵を返却に行きます土楼ともお別れです土楼汽車站の時刻表
0655頃に起床する。今日は土楼を離れて龍岩へ戻り深圳行きのK635次の切符を買う。この行動に「永定行きの朝一のバスに乗れば永定でK635次に乗車できて夕方までに深圳に着くだろ?」と思う人もいるかもしれないが、これだと龍岩~永定の区間が制覇できないのだ。鉄としては龍岩に1泊してでもk635/k638次で深圳へ行かなければならないのだ。色々な意味で土楼は面白く3泊したのだが自分以外の宿泊客は見当たらなかった。見物している観光客は見かけるので見るのは人気があっても泊まるとなると本当に土楼は人気が無かった。0920頃、環興楼を出て土楼人家に鍵を返しに行く。老板娘に鍵を返して土楼汽車站で龍岩行きのバスを待つが時刻表を見ると次のバスは0940発だ。バスが来るのを待っていると背包客驛站の老板がやって来た。老板が「帰るの?」と聞くので「帰るよ」と返事する。
今日は20人乗りの中型車だ。龍岩駅西洋旅館
0930頃、バスが到着してバスに乗り込み発車を待つ。0940にバスは発車するが乗客は自分ひとりだけ。まあ、冬のこの時期だと観光客が少ないから仕方ないかな?でも、冬と言ってもこの福建省の山奥でも暖かいのでバナナの木に実がなっていた。バスが湖坑に到着すると数人の乗客が乗り込んできて龍岩に近づくに連れ客は増えるが満席にはならずに1145頃、龍岩汽車単に到着して21路のバスで龍岩駅へ向かい明日の深圳行きの切符を購入する。切符を購入して後は寝床の確保だ。明日は列車が早いので駅前の西洋旅館に宿泊する。

中国でも「渡る世間は鬼ばかり」が放送

どこかで聴いた音楽が流れていると思ったら・・・どうやら第1部からの放送のようだ。えなり若すぎ!渡鬼は中国では冷暖人間という題名だ
龍岩でテレビを見ていて知ったのだが中国でも「渡る世間は鬼ばかり」が放送開始のようだ。番組名は「冷暖人間」となっている。肝心の放送する局はCCTVであり中国全土で放送だ!最近は中国では韓国ドラマばかりだが珍しく日本のドラマが放送される。果たして視聴率は?

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2010年07月29日 17:08:46