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漢中旅行記

概要
漢中で武侯祠、武侯墓、馬超墓など三国志関連の遺跡めぐりを開始する。旬陽では孟達墓に何とか辿り着き再び西安を目指す。


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陝西省

2007/5/30

予算使用状況
出金

食費 10元
バス代(漢中→勉県) 6.5元
宿泊費 60元(30元×2)
保証金 20元
合計 96.5元

入金
保証金戻る 50元
合計 50元

西安から鉄道で漢中へ

西安駅1番ホーム乗客が並ばないので御覧のような状態です漢中駅
0955頃に西安七賢国際青年旅舎をチェックアウトする。今日は珍しく天気は雨で傘をさして西安駅へ向かう。西安駅に到着したときにはN360次の改札が始まっており急いでホームに向かう。列車に乗車したが荷物の置き場所の確保に苦労するが何とか網棚にバックパックを置けた。1040に出発するはずだったのだが9分遅れで発車する。車内は満席だったか途中の安康を過ぎると空席が多くなってきた。

1830頃に漢中に到着する。漢中は雨は降っておらず夕日が見えていた。日没までまだ時間があるのでこのまま勉県に向かうことにして漢中駅の西にある長征集団中心客運站へ向かう。ちょうどバスターミナル近くで勉県行きのバスが停まっていたので料金を聞いて乗り込む。勉県まで6.5元で高速道路並みに飛ばして1時間ほどで陝西長征運輸集団勉県汽車站に到着する。陝西長征運輸集団勉県汽車站から解放北路を南に歩いて和平路の周辺で宿を探す。何軒かの招待所を聞いてみるが1人部屋トイレ・シャワー共同で25~30元が相場だと分かるが外国人は宿泊拒否であったが和平中路にある房産招待所が1泊30元で宿泊可能だったので泊まる事にする。場所も勉県人民政府から東へ徒歩30秒と勉県の中心にある。とりあえず寝床は確保したので明日はいよいよ三国志観光だ。

2007/5/31

予算使用状況
出金

食費 11.5元
バス代 6.5元
武侯祠 25元
馬超墓 10元
武侯墓 30元
合計 83元

古陽平関、諸葛亮読書台へ行く

石碑の奥に古陽平関があります石碑とガソリンスタンドが目印。吊り橋を渡ると古陽平関です
朝から雨が降っており雨の中で古陽平関へ向かう。人民政府の近くで3路のバスに乗車して0900頃に終点の水磨湾で降りる。すぐ目の前のガソリンスタンドの脇に文物保護単位の石碑があったのですぐに見つかった。石碑の脇の吊り橋を渡ると古陽平関だ。
古陽平関は畑の中にあるのですぐに見つかります諸葛亮読書台は108国道からはこんな感じで見えます諸葛亮読書台
予想はしていたが観光客はいなかった。古陽平関を見物して108国道を500mほど戻ると北側の丘に石碑が2つあるのを見つける。諸葛亮読書台だ。畑を突き進み丘を登り諸葛亮読書台の目の前まで来たが道がぬかるんでいた動きにくい。雨は止んでいたが道は最悪だ。丘を登りきろうとしたが滑って転んで泥だらけになる。何とか丘を登りきり石碑を見る。丘を降りる際も滑って転げ落ちてしまう。泥だらけになりつつも武侯祠へ向かう。

武侯祠、馬超墓

武侯祠武侯祠武侯祠
3路のバスで1030頃に武侯祠到着。ここは結構観光客がいて賑わっている。見学は45分ほどで終え土産物屋で紀念葉書セットでも買おうと思ったが一応は武侯祠や馬超墓など三国志関連の葉書があるのだが全く関係ないものも混ざっておりがっかりする。しかも10枚ぐらいで入場料と同じ25元のボッタクリ価格なので買わずに馬超墓へ向かう。
馬超墓入口の国道を挟んだ対面にある馬超墓碑。ゴミ捨て場と化していた。馬超墓馬超墓と国道の料金所の間に何故かある漢丞相諸葛武侯墓の石碑
武侯祠から約300m歩いて馬超墓に到着。10元で見学するが実は馬超墓は脇の水田から自由に出入りできる状態になっていた。ようするに逃票可能だった。馬超墓を見学後は馬超墓と国道の料金所の間にある漢丞相諸葛武侯墓を見物する。

武侯墓、定軍山

武侯墓
人民政府前の和平中路に戻り次は5路のバスで武侯墓へ向かう。1230頃に武侯墓の近くで降りる。バスは右へ曲がり西へ進んでいったが、自分はそのまま南へ歩く。すぐ目の前に武侯墓の看板があり3分ぐらいで武侯墓に到着。30分ほど見学して定軍山へ向かう。
右が武侯墓、真ん中と左が定軍山方面ですこれが定軍山の峰峯ですこれが定軍山を登る道です
定軍山には古定軍山の石碑があるらしいのだが場所が良く分からないので定軍山を登る事にする。バスを降りた場所と武侯墓の間に道が3つに分かれており1つが武侯墓、残りが定軍山へ向かう道である。とりあえず左の道を進んでみるが途中で舗装された道が東に伸びていたので東へ進む。1kmほど進むと定軍山への道が伸びていたのでそのまま定軍山を登る。道を登りきると何やら农家菜の看板が・・・。レストランらしきものがあるだけで他には何も無かった。

2007/6/1

予算使用状況
出金

食費 10元
バス代 2元
バス代(勉県→漢中) 6.5元
宿泊費 30元
保証金 10元
石門風景区 30元
古漢台 30元
切符代(漢中→旬陽) 22元
合計 140.5元

入金
保証金戻る 20元
合計 20元

張魯女墓を見る

張魯女墓の入口。橋を渡り左に進む。まっすぐ行くと民家があるだけで住民の冷たい視線を浴びる。丘を登る途中にある張魯女墓の石碑これが張魯女墓です
0530に起床して張魯女墓を見に行く。まだ朝早くなのでバスはほとんど走っておらず、とりあえず和平中路の東端の諸葛亮像のある三国広場で待つことにする。0630頃になって6路のバスが来たので乗車して終点の光明まで行く。0715頃、光明に到着する。バス停からさらに奥へ500m歩くと張魯女墓の文物保護単位の石碑を見つける。水路の橋を渡り左に進んで丘を登る。廟が見えてきて廟の裏に張魯女墓があった。他に何か無いか周辺を捜索するが小麦畑しかなかった。

漢中へ戻る

0930に張魯女墓から三国広場に戻ってきたが次は漢中王設壇処へ行こうとするが、ここに行くには1路のバスで旧州に行くのだが1路のバスに乗ると何故か旧州には行かないようで降ろされてしまう。他にも見てみたい場所があるのだがバスで行くのがやや困難なところばかりなので漢中に戻ることにする。1030頃に房産招待所をチェックアウトして和平中路の東にある勉県汽車站から漢中汽車站へ移動する。1200頃に漢中汽車站到着。徒歩で漢中駅へ向かい駅前の江蘇南方招待所を今日の宿に決める。

石門風景区

蜀桟道ダムがすぐ近くにあるのですがダムの上も歩くことができます蜀桟道
1245頃に漢中駅前から102路のバスで褒河へ向かう。1330頃、褒河に到着。徒歩で石門風景区に進むが帰りに気付いたのだが降りるバス停が早すぎたようで102路は風景区へ続く道の前を通過していた。徒歩で歩くこと30分、1400頃に風景区の東大門に到着。入場券を買ってダムへ向かう。ここは諸葛孔明が北伐の時に使用した桟道があった場所でほとんどがダムに沈んだそうだが一部が復元されている。桟道を歩くが疲れて途中で引き返す。1630頃に河東店から21路のバスで古漢台に向かう。

古漢台と古虎頭橋

古漢台何故かここにある張嶷の墓碑古虎頭橋の隣にケンタッキーがあり周辺との雰囲気の差が・・・。
1715過ぎに古漢台到着。碑林を見学して古虎頭橋へ向かう。1810過ぎに古虎頭橋到着。万宝商城の1階にあるのだが隣がケンタッキーだった。
古虎頭橋
石碑が保護されているのはよいが周辺との雰囲気の差が大きすぎる。

2007/6/2

予算使用状況
出金

食費 11.4元
バス代 2元
宿泊費 20元
合計 33.4元

入金
保証金戻る 10元
合計 10元

両替
JTBグローバルキャッシュ 2000元(中国建設銀行で引き出す) 1元=16.7665円

拝将壇

拝将壇の韓信像拝将壇拝将壇のバス停の標識
0800頃に駅前の人民路から21路のバスで古漢台へ行く。古漢台から徒歩で5分ほどの所に韓信像のある拝将壇に到着する。入口に料金徴収係らしき爺ちゃんがいるが地元住民と一緒に入場する。特に何も言われずそのまま韓信像を見物する。帰りに拝将壇の前に5路のバス停があることに気付く。そのまま5路のバスで漢中駅前に戻る。

漢中から鉄道で旬陽へ

1188次の切符漢中駅の侯車室旬陽駅に到着です
漢中駅で安全検査を終えると身分証確認がありほとんどの乗客が並ばされる。自分も並ばされパスポートを提示する。公安の人はパスポートを提示されるとは思っていなかったようで念入りに確認(日本のパスポートなんか見たこと無いと思う)するのでビザの欄を見せたら、あっさり「行っていいよ!」とのこと。やはりビザがあると何かと融通が利く。ビザ無しはもっと時間が掛かるだろうな。1330に漢中から1188次で旬陽へ向かう。車内で乘警が身分証の確認をしておりパスポートを提示する。周辺の乗客は「コイツ何者?」というような感じ見ているが身分証確認は無事終了。まあ、広州行きの列車だから厳しいのだろうか?1820頃に旬陽到着。駅前の祥和旅館を今日の宿に決めて孟達墓探索に向かう。
旬陽駅から橋を渡り城区を東に進みます。写真だと左に曲がります。城区を進むと十字路に到着。左の橋が孟達墓のある西安・白河方面。右に曲がると城区の南側。真っ直ぐが老県城・安康方面。老県城へ来ると孟達墓のある塔が見えてくる。橋の左の山が孟達墓のある山です。写真だと確認できませんが現場では塔がちゃんと見えます。但し老県城から橋がかかっていないので十字路に戻らなくてはなりません。
橋を渡り旬陽の中心街を東に歩く。途中で十字路で西安方面と安康、老県城へ分かれていたので安康、老県城へ向かう。トンネルを抜けT字路を老県城へ向かうと正面に孟達墓のある文星塔が見えてきたが漢江を渡る橋が無い。どうやら十字路で西安・白河方面の道を進むべきだったようだ。日没まで時間が無いので大体の道を確認できたので明日再び孟達墓へ向かう。

2007/6/3

予算使用状況
出金

食費 10元
バス代 1元
切符代(旬陽→安康) 4.5元
切符代(安康→西安) 37元
宿泊費 70元(35元×2)
保証金 100元
合計 222.5元

孟達墓へ向かう


塔の裏にあるこの塚が孟達墓孟達墓は陝西省重点文物保護単位なのだがその石碑の残骸。孟の子の部分。孟達墓から見る旬陽の街
0630頃に孟達墓へ向けて出発する。城区から橋を渡り漢江の南側を319国道にそって約20分ほど歩くと昨日老県城から見えた文星塔の下へ来た。文星塔へ登る場所を探しながら白河方面へ歩くと幾つか怪しい小道があるが登ってみると民家に辿り着いたりと違っていた。かなり歩いたところで再び小道を登ると民家の脇を抜け畑に出る。畑のあぜ道が遠回りだが塔の方へ向かったいる。畑にいた農民の脇を過ぎ塔へ向かう。途中で崖の脇を通り集落に迷い込む。集落から漢江の橋が見えるので文星塔は近いようだ。集落を歩くと目の前に文星塔が現れた。文星塔の裏にある塚が孟達墓だ。何とか旬陽での目的は達成できた。
孟達墓のすぐ近くの道を降りてくると橋の前に出ます。トラックとスクーターの間にある階段が孟達墓への最短経路です。後方に橋があります。階段を下りて建物の間を抜けて階段を登っていくと山道に繋がります。山道の途中には分かれ道もあります。
帰りは文星塔の下の道を降りていくと橋のすぐ近くの民家の裏に辿り着き民家の脇を通り城区へ戻る。

1187次で旬陽→安康

旬陽駅旬陽駅の侯車室1187次列車
0900頃、城区に戻り旬陽汽車站で西安行きのバスを確認する。運賃は50元とあったので窓口で出発時間を聞くと西安行きは無いといわれる。困った事態になった。旬陽→西安のバスが無いと鉄道しかないのだが実は西安行きの列車は旬陽と旬陽北に停車しないのだ。こうなると思いつく方法は漢中方面に戻る形になるが安康に移動して安康から西安に戻る方法だ。時刻表を調べると1187次で安康へ戻れば漢中発西安行きのN358次に間に合う。1000頃に祥和旅館をチェックアウトして旬陽駅へ。
最後尾の車両が良い撮影場所になっていた1187次列車安康駅に到着です
無座切符(旬陽駅は硬座の割り当て無し)を購入して無座で列車の最後尾車両から線路を見ながら安康へ。1123頃、安康に到着してホームを歩いていると車両から担架で誰か降ろされている。急病人のようだ。しかしよく見ると病人の顔は黒く変色している。病人で無く死体であった。駅員が4人で死体を乗せた担架を運んでいく。出口へ向かう乗客たちは足を止め見ている。中国では乗客と一緒に死体も運ばれていた。日本ではありえない事だ。せめて分からないようにシートで全体を隠してほしい。わざわざ黒く変色した顔だけ見えるようにしているとは・・・。

N358次で安康→西安

安康駅の侯車室N358次西安到着です
出口を出てそのまま切符売り場へ直行する。列に20分ほど並び無座切符を購入して待合室へ行く。1230過ぎに改札が始まり列車に乗り込む。車内は空いていたが安康で乗車する乗客が多くすぐに車内は大混雑になる。約4時間立ったままで西安へ向かう。長い道のりだが唯一の救いはバックパックを網棚に置けた事だろう。1645頃に西安到着。西安到着時には列車番号はN359次に変更されていた。

湘子門国際青年旅舎に宿泊

ユースホステルにしては、やたらと金が掛かっていそうな造りです今日の宿は南門近くの湘子門国際青年旅舎にしようと思い西安駅から603路のバスで南門へ移動する。1715頃、湘子門国際青年旅舎に到着。ドミトリーが空いているか聞くと6人部屋が空いており1泊35元なので2泊することにする。ここの建物は明清建築の四合院を利用しており正直言ってユースホステルとは思えないぐらい豪華になっている。恐らく西安にあるユースホステルでは1番の設備かもしれない。

西安旅行記2へ続く



2008年11月22日 11:59:28