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河南省旅行記

概要
西安から洛陽へ移動して河南省での旅が始まる。洛陽では龍門石窟、関林、白馬寺、少林寺と定番観光地を巡り、鄭州では官渡古戦場、虎牢関と三国志関連の遺跡を巡る。商丘では招待所の糞女将が売春の斡旋をしてくる。


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河南省

2007/6/11

予算使用状況
出金

食費 9元
宿泊費 225元
切符(洛陽→鄭州) 10元
合計 244元

入金
保証金戻る 50元
合計 50元

1152次で西安から洛陽へ

待合室はすでに満杯でした西安駅5番ホーム車内は予想通り混雑している
11時頃に西安駅到着。待合室はすでに満杯状態であり改札待ちの列に並んで待つ。1120頃、改札が始まるが改札口を通過して5番ホームにたどり着いたのが1130頃だった。こうなると車内はかなり混んでいる可能性が高く、荷物の置き場所が確保できるかが心配だ。何とか乗車すると案の定混んでいたが網棚の空きにはまだ余裕があった。すかさずバックパックを置いて自分の席にいた姉ちゃんに「这里是我的座位」と言って切符を見せて追い払う。1152次は1152発なのだが7分遅れで出発する。
洛陽到着です。1152次は杭州へ向かいます1152次の切符です
5時間ほどかけて約10分遅れで洛陽に到着する。出口へ向かうと白人2人組のバックパッカーがいた。洛陽は外国人にも有名らしいというか世界文化遺産の龍門石窟があるから当然か!洛陽駅から南に500mほど歩いたところに洛陽明苑青年旅舎があるので目指していくがユースホステルの看板が見当たらず。メモしていた住所にあった明苑賓館に入るとフロントにユースホステルのロゴがあるではないか!どうやら、ここは賓館とユースホステルの2枚看板で営業しているようだ。ドミトリーは会員価格が45元で以前より5元値上げされていた。とりあえず5泊することにする。

2007/6/12

予算使用状況
出金

食費 4.5元
バス代 4元
龍門石窟 80元
関林 30元
周王城天子駕六博物館 30元
合計 148.5元

世界文化遺産 龍門石窟

龍門石窟龍門石窟龍門石窟
0800に洛陽駅前から81路のバスで龍門石窟を目指す。1時間ほどして終点の龍門石窟に到着。ここからさらに南に5分ほど歩くと入り口に到着する。入場料が80元と高いのだが世界文化遺産だから調子に乗っているので仕方なく80元払い入場する。観光客は多いのだが外国人観光客は少ない。富裕層の中国人が主体だ。龍門石窟を見て回るのだが、龍門石窟には石窟以外にも見所がある。
白園白居易墓白園
それは白居易墓がある白園だ。白園は龍門石窟の入場料に含まれているのでもちろん見学する。

関林

関林修復作業が行われているようだ関羽の首が埋められた場所
1130頃に龍門石窟から60路のバスで龍門大道関林大道口で下車する。関林の牌坊を見て関林へ向かう。本当は81路のバスで関林へ行こうと思ったが60路が運賃が1元だったので1.5元の81路には乗らなかった。関林は関羽の首が埋められた場所なのだが実際に見てみると首塚は大きい。首塚というより陵墓だ。

周王城天子駕六博物館


関林を見学後、81路に乗車して王城広場で下車する。王城広場は周の車馬陪葬坑の遺跡があり博物館として保存されている。入場料は30元と高めだが建設費に金をかけていそうなので、この入場料は仕方ないだろう。

体臭の凄いイギリス人

今日はドミトリーには自分以外に白人2人が宿泊しているのだが1人はデンマーク人、1人はイギリス人なのだが、このイギリス人の体臭がもの凄い。外から帰ってきたらすぐにパンツ一丁で寝ているのだが、こちらはこのイギリス人のもの凄い体臭で寝ることはできない。デンマーク人は隣で平気な顔をして寝ている。幸い6人部屋なので空いている離れたベットで寝ることにしてイギリス人の体臭から逃れることに成功した。パンツ一丁で寝るのは構わないが、せめて体洗ってから寝てくれ。この件で自分の想像するイギリス人像が崩れ去った。

2007/6/13

予算使用状況
出金

食費 11元
バス代 3元
白馬寺35元
合計 49元

白馬寺

白馬寺白馬寺斉雲塔
0700頃に洛陽駅へ向かう。今日は漢魏故城を見に行くついでに白馬寺も見ることにする。0730に洛陽駅から56路のバスで白馬寺へ出発する。1時間ほどで白馬寺に到着。入場料は35元と高めだった。後漢に建立され1900年以上の歴史がある寺だが、石碑とかを見ながら三国時代に関連するものがないか探してみるも特にめぼしいものはなかった。白馬寺の東隣の斉雲塔も見てみるが金代の石碑は確認できたがほかは何もなしだった。
狄仁杰墓狄仁杰墓狄仁杰墓
ちょっとした収穫は唐代の宰相狄仁杰の墓があったことだ。狄仁杰は則天武后の頃の宰相で調べた限りだと名宰相のようだ。

漢魏故城

この畑のあぜ道が漢魏故城です説明でここの土塁は内城城垣遺址と判明漢魏故城は線路を越えて南に伸びています
白馬寺から国道を東へ1kmほど進むと道路の左側に草に埋もれそうな石碑を発見する。近寄ってみると漢魏故城の石碑だった。どうやらこの畑のあぜ道が漢魏故城の土塁のようだ。土塁は北へ伸びており、南にも伸びていた。前日にグーグルアースで確認すると白馬寺の南東が漢魏故城になっていたので南へ進む。畑のあぜ道と化した土塁を進むと線路にぶつかる。土塁は線路を越えさらに南に伸びていた。ここまで確認できれば十分なので暑さにやられる前に退散することにする。漢魏故城は他にも周辺に残っているようでかなりの広さになりそうだ。

2007/6/14

予算使用状況
出金

食費 17.5元
バス代 31元(片道だけ保険料込み)
玄奘故里 30元
ツアー参加費(嵩陽書院30元、少林寺100元、ガイド料10元) 140元
電瓶車 5元
合計 223.5元

少林寺へ向かうが何故か玄奘故居に

玄奘故居ここが玄奘生誕地です玄奘生誕地の近くにある石碑
洛陽駅の西にあるバスターミナルの錦運汽車站から少林寺へ向かうことにする。バスターミナル周辺には客引きがやたらといるのだが、無視をして切符売り場へ行き切符を購入する。少林寺までの運賃は保険料込みで16元だった。0750出発のバスに乗り込み待つのだが、車掌が帰りの切符を購入しないか聞いてくるが迂闊に信用するととんでもない目に遭うので断る。定刻から少し遅れて出発するが何故か洛陽駅前で停車する。しばらくすると客が乗り込んできて出発する。白人も1人いた。出発したのはよいが何故かツアーバスに変わっておりガイドのおばちゃんが案内を始める。0930頃にバスは玄奘故居に到着する。ツアー客たちは降りて入場券を購入している。まあ、予定外だが自分も玄奘故居を見物することにする。

玄奘霊苑

玄奘霊苑玄奘墓人形も展示されています
玄奘故居を見物後、1020頃に玄奘霊苑到着。玄奘の墓を見物して1035頃に少林寺へ向かう。

嵩陽書院

嵩陽書院嵩陽書院少林寺武術学院
少林寺へ向かう途中でガイドのおばちゃんがツアー費用140元を徴収し始めるが、バスターミナルから乗車した客もいつの間にかツアーに参加しているが自分は用心して支払い拒否をする。しばらくして少林寺風景区の駐車場が見えてきたが何故か通り過ぎて1110ごろに少林寺の東にある嵩陽書院に到着する。ここでガイドのおばちゃんに本当に少林寺に行くのか確認して、ツアーに参加することにする。嵩陽書院を見学後の1200頃に少林寺武術学院到着。レストランでツアー客たちと15元(めちゃくちゃ高い)の昼食を食べる。15元もする昼食なのでひたすら食べるのだが中国人たちは残していた。勿体無い。

少林寺

少林寺武術表演少林寺塔林
1330頃、少林寺風景区に到着。まずは少林寺武術館へ行く。1400から武術表演があるのだが館内はすでに客がおり混雑していた。外国人観光客は正面最前列に陣取っており早めに来て待っているようだ。武術表演は撮影禁止なのだが誰もそんなことを気にする人はいないようで僧侶も特に注意をすることもなく事実上撮影可の状態であった。武術表演を見物し少林寺、塔林を見学して1615にバスに戻り帰りのバス代15元を支払う。1800頃、洛陽に戻り明苑賓館の前で降ろしてもらう。ツアーは無事に終了した。最初はガイドのおばちゃんを疑っていたが結果としては大丈夫だった。ただ、少林寺行きのバスが少林寺観光ツアーのバスに変わっていたのは何でもありの中国でも初めは驚いた。

2007/6/15

予算使用状況
出金

食費 12.5元
裁縫道具 3.8元
合計 16.3元

洛陽でカルフールを見つける

昨日、相部屋になった日本人とスーパーを探しに出かけるとカルフールを発見する。上着やズボンのポケットに穴が開いており、ボタンも外れそうになっているので裁縫道具を買って補修作業をする。長旅だと衣服も傷んでくるので裁縫道具があってもよいだろう。

2007/6/16

予算使用状況
出金

食費 12.8元
宿泊費 28元
保証金 22元
地図 2元
合計 64.8元

1086次で鄭州へ

1086次が到着です鄭州到着です1086次の切符。洛陽といえども田舎の駅のようで硬座の割り当てがなく5日前でも無座しかありませんでした。
今日は鄭州に移動するのだが重大な失敗を犯してしまう。インターネットで情報収集をしていると洛陽と鄭州の間の巩義に北宋皇陵があることが判明。しかも、包拯、寇準、楊延昭といった文官武将の墓まであることが判明。鄭州から日帰りで巩義へ行けなくもないが、今回は巩義を諦め無理せずに鄭州へ行くことにする。昼に洛陽明苑青年旅舎をチェックアウトして洛陽駅へ向かう。安全検査を終えると身分証の確認が待っていた。人民と一緒に並んでパスポートを提出すると警官はちょっと驚いた様子だったがすぐにニヤニヤしながら隣の警官とパスポートを確認している。パスポートの写真と実物の差が大きく笑っているのか、それとも「日本人だよー、どうすっか?」という感じで笑っているのだろうか?どちらにせよすぐにパスポートは返却され確認終了。待合室で改札を待つ。1230頃に改札が始まり3番ホームへ向かうが、予想通り列車は遅れて到着する。10分遅れの1258に発車する。1430に鄭州到着。今日の寝床確保のために安宿を探し始める。

鄭州は安宿の確保が難しい

一応は賓館なのですが設備は招待所や旅社と同じです
鄭州駅前から安宿を探し始め、まずは相場の確認のために駅のすぐ近くの宿を数件当たるが単人間で40~50元が多かった。ちょっと高い感じなので駅から少し離れたところは探していると「単人間20元」の看板を見つける。看板をたどって解放路を歩いていくと龍騰賓館に到着。部屋が空いているか聞くと20元は満室だったか28元があったので見せてもらうと、いかにも民工が泊まりそうな部屋だったので泊まることにした。部屋は2~3畳の広さでベットにはゴザが敷いてあるという日本では経験できないような部屋だ。民工が利用する部屋なのだろうが、ある意味においてバックパッカーにも最適の部屋である。で、トイレには扉がありませんでした。

鄭州商代遺址

商代の城壁跡といっても、今では公園です2路と33路のバスだと商城路城東路で下車すると目の前に城壁址があります公園に巨大な青銅器があれば撮影しておかなければ
1530頃、宿に荷物を置いて駅前へ行く。地図を買って商代の城壁址へ行くバスを確認する。80路が城壁近くを通るので駅前で乗車する。商城路城東路で下車して徒歩3分ほどで城壁というか土塁に到着。城壁の目の前にもバス停があり確認すると駅前から2路と33路が城壁の前の商城路城東路に停車していた。城壁址は公園になっており少し散歩をして2路で鄭州駅へ戻ることにするが、途中の市体育場に到着すると目の前の公園に巨大な青銅器があるので下車して見物していく。ちょうど、公園の対面にあった百盛购物广场のスーパーで飲み物でも買おうと立ち寄るが普通のスーパーではなかった。何故か日本製のコカコーラが販売されており、しかもほとんど見かけない160ml缶が10元と激高で販売されている。中国製の350ml缶は1.9元。他にも輸入物が多数扱われており、どうやら金持ちのためのスーパーに迷い込んでしまったようだ。とりあえず、2.5元で中国製の飲み物を買って外へ出る。鄭州に輸入品を扱うスーパーがあるということは購入する富裕層が多数いるようだ。

2007/6/17

予算使用状況
出金

食費 11.3元
宿泊費 28元
河南博物院 20元
バス代 5元
バス代(鄭州⇔中牟) 8元
合計 72.3元

官渡古戦場へ行く

鄭州駅鄭州駅前鄭州長途汽車中心站
0700頃、鄭州駅前に行くと少林寺と書かれたバスが数台停車している。ついでなので鄭州から少林寺までの運賃を確認するために駅前のバスターミナル鄭州長途汽車中心站で運賃表を見ると少林寺まで27元だった。洛陽からは15元なので鄭州からの少林寺観光はやめたほうがよいかもしれない。駅前から85路のバスで客運東站まで行くが東站から中牟行きのバスが出ていなかった。仕方ないので85路のバスで少し戻り長距離バスが集結していたバス停で探してみることにする。しばらくすると中牟行きのバスが来たので乗車する。バスは東站の前でも停車していたので、わざわざ移動する必用がなかった。0930頃、中牟に到着。前日にグーグルアースで大体の場所を確認していたのでGPSを頼りに進む。
曹操像官渡橋村への途中にある壁画曹操栓馬槐
1000頃、ロータリーに曹操像があるのを発見する。ロータリーの北には官渡古戦場の看板があった。官渡橋村には北へ行くのだが道が2本ある。グーグルアースには無かった新しい道ができており、右の古い道を進むと壁画が見えてくる。さらに奥には潰れた三国志のテーマパークが見える。方向は間違っていないようだ。で、潰れたテーマパークまで来たがトラックが出入りしている。中では何かが行われているようだ。帰りには曹操栓馬槐という石碑を見つける。他にも何か無いか探すが暑さでやる気が無くなりバスターミナルに戻る。

河南博物院

河南博物院河南博物院河南博物院
昼過ぎに中牟のバスターミナルで鄭州行きのバスに乗車して鄭汴路長途客運站で下車する。1400頃に鄭州駅前に戻り39路のバスで河南博物院へ向かう。1430頃、河南博物院に到着。20元で見学する。ここは久々に料金と内容が割に合っている。いや、料金以上の充実した内容だ。鄭州が商代の都だったので展示品は青銅器が中心になっているが収蔵品が多いため全部見て回るのに2時間半かかってしまった。

2007/6/18

予算使用状況
出金

食費 12元
宿泊費 28元
バス代 12元
バス代(鄭州⇔上街) 12元
バス代(新街⇔汜水) 4元
合計 68元

虎牢関へ行ってみる

これが西バスターミナルです汜水鎮の街並み橋の向こうが虎牢関村です
0720頃、鄭州駅前から34路のバスで西バスターミナルの鄭州長途汽車西站を目指し乗車する。0810頃、長途客運西站で下車する。切符売り場で料金表を確認すると汜水行きがあるので窓口で汜水行きの切符を購入しようとすると「無い」と言われ上街行きの切符を購入する。上街行きのバスは客が集まり次第出発なので0820頃に出発して0920頃、上街のバスターミナルに到着する。そのままバスターミナルで汜水行きのバスに乗車して0945頃、汜水に到着する。そのまま、通りを西へ向かって歩いていき橋を渡ると虎牢関村の標識が見えてきた。方向は間違っていないようだ。
清の雍正年間に建立された虎牢関の石碑三義廟といっても劉備と張飛はいない。事実上、関帝廟と化している。三義廟の前に放置された石碑。石碑によると三義廟は清の道光18年に修復されている。
そのままさらに進むと1000頃、村に到着。道路の右側に虎牢関の石碑を発見する。石碑の奥には廟らしき建物と地元の老人たちが寛いでいる。他にも月曜なのに何故か子供たちも遊んでいる。閉まっている廟を見ると関羽の像があるではないか!すぐそばにある放置された石碑を見ると三義廟であることが分かり、廟の歴史も清の道光18年に修復されたと記述があるのでそれ以前にあったことも分かった。他に虎牢関村の周辺に何か無いか探してみるが刈り取り後の小麦畑だけで他にめぼしい遺跡を発見することはできなかった。1045過ぎに汜水からバスで上街に戻り鄭州行きのバスに乗車する。

黄河遊覧区

黄河遊覧区の入口黄河第一鉄路橋遺址毛沢東と周恩来が視察に来たことがあるようです
1300頃、鄭州駅前に戻り昼食を食べてから1330に16路のバスで黄河遊覧区へ向かう。 1430過ぎ、黄河遊覧区に到着するが入場券が30元もするので周辺の写真を撮影して帰ることにする。

2007/6/19

予算使用状況
出金

食費 9.5元
宿泊費 20元
保証金 30元
切符代(鄭州→開封) 5.5元
合計 60.5元

入金
保証金戻る 22元
合計 22元

1304次で鄭州から開封へ

今回は珍しく前日購入せずに鄭州駅で当日購入です鄭州駅の待合室では床で寝ている人がいました開封に到着しましたが、ご覧のように我先に乗車する人民で溢れています。いつも思うのですが並んだほうが乗りやすいのになぜ並ばないのでしょうか?人民は並ぶということを知らないのでしょうか?
0600に宿を出て鄭州駅へ向かう。今日はある調査しながら開封へ行くことにする。それは開封で宿を決めるまでに何回の「かーーーっ!ぺっ!」と痰を吐く音を聞くかだ。まあ、宿を出て50m歩く前に1回目の痰を吐く音を聞いてしまったが果たして何回になることやら。天気はあいにくの雨で開封に到着してからも観光地巡りはできないだろう。まずは鄭州駅で開封行きの切符を購入して待合室へ行く。ちょうど改札が始まり列車に乗車する。1304次は北京西行きの列車だが車内は空席が目立っていた。0700に鄭州を発車して0751開封着なのだが途中で何故か中牟に停車する。時刻表には中牟は通過になっているのだが一体どうなっているのだろうか?まあ、中国なので何でもありなのだろう。開封には3分遅れで到着する。開封での拠点を構えるべく宿を探す。1件目は駅前の招待所で20元だったので泊まることにするが、日本人と知った途端に25元だと言って来るので他を探すことにする。2件目の都市賓館は外見はそこそこきれいなので一番安い部屋の料金を聞くと20元だったので泊まることにする。設備も今までの20元で泊まった宿の中では整っているほうだった。さて、0600に鄭州を出発して開封で宿を決めたのが0830頃と2時間半の間に人民の痰を吐く音を数えた結果、19回も聞いていた。まあ、正直驚いた!2時間半で人民の痰を吐く音を19回も聞いていたとは・・・。1日数えたら一体何回になるのだろう?日本では痰を吐く音なんか1日1回聞くか聞かないかなのに、さすが世界一の人口を抱える大国、アジアの盟主だ。小日本なんか足元にも及ばない。きっとアメリカやイギリスも足元にも及ばないだろう。

鉄塔公園

20元払ってまで入る価値があるか疑問
天気が悪いのだが開封の街並みを確認するために1300頃、駅前から1路のバスで鉄塔公園へ向かう。さすが七大古都と呼ばれるだけあって城壁は残っている。ただ車は少なく渋滞もそれほど無い。開封の中心部に来ても路線バスも満員にならない。どうも開封は想像していたよりも田舎のようだ。約30分ほどで鉄塔公園に到着するが入場料が20元なので入口だけ見て帰ることにする。バスに乗るとちょうど雨が強くなってきた。駅に戻る途中も天波楊府や開封府の位置を確認して明日以降の行動に備える。夕飯を食べた後に駅前の商店で緑茶を買おうとしたが店の姉ちゃんが「请给我纸币」とか言って硬貨の受け取りを拒否されてしまった。海南省海口以来の硬貨受け取り拒否だ。ちょっと機嫌が悪くなったので1元札は使わず20元札で出すとまた受け取り拒否だ。「紙幣で払え」と言っておきながら受け取り拒否ではさすがに買うのをやめて黙って店を出る。商品を元の場所に戻さず出たので店の親父が何か叫んでいたが聞き取れず。まあ、「元の場所に戻せ」とか言っているのだろうが、貨幣と紙幣が使えない店には用は無いのである。

2007/6/20

予算使用状況
出金

食費 6元
宿泊費 20元
天波楊府 20元
延慶観 15元
切手 3元
合計 64元

天波楊府

天波楊府楊五郎が遼の蕭天佐を討ち取る場面です楊業と佘賽花の像です
今日も天気が悪い。曇りなのだが雨が降りそうでもある。少し様子を見て1030頃、1路のバスで天波楊府へ向かう。1100頃、天波楊府に到着する。天波楊府は北宋の忠臣である楊一族の屋敷だ。入場料は20元。平日でも客はそこそこいる。中は楊家将演義の場面を再現した人形が展示されていたりして楊家将演義を知っている人は楽しめそうだが建物などそれ以外は特別な物も無くちょっと残念であった。
中国翰園清明上河園
昼頃に天波楊府の隣にある中国翰園を外から眺めた後に清明上河園に到着する。ここは開封で最も入場料の高い観光地のようで80元だった。いくら北宋の清明上河図を再現したテーマパークでも高すぎる。

延慶観

延慶観延慶観延慶観
1230頃に延慶観を訪れる。ここは道教寺院で全真教の王重陽を記念して元代に丘処機らによって立てられたらしい。全真教が関わっているとなるとやはり射雕英雄伝や神雕侠侶でのイメージがあるので見なくては気が済まない。ということで、見物したのだが普通の道教寺院で射雕英雄伝や神雕侠侶のような武侠小説の世界はありませんでした。延慶観の後は徒歩5分ほどのところにある開封府へ行くが包公断案などの催し物までの時間があり明日出直して午前中に催し物を見ながら見物することにする。

2007/6/21

予算使用状況
出金

食費 7元
宿泊費 20元
バス代 1元
包公祠 20元
合計 48元

宋都御街、龍亭、山陝甘会館

宋都御街の牌坊は明の周王府の午門址に建てられたようです宋都御街宋都御街
今日は出かける前に雨が降って来てしまった。開封府へ行こうとしたが断念する。雨が止んで1030頃、1路のバスで宋都御街へ向かう。宋の街並みを再現した宋都御街を見物して龍亭を外から見る。
龍亭龍亭山陝甘会館
龍亭の入場料は35元と高い。特に興味を引きそうなものは無さそうなので山陝甘会館へ向かう。山陝甘会館はどういう所か知らないが観光地だ。入場料も20元で、もちろん外から見て終わりである。

包公祠

大相国寺包公祠包拯のほか公孫策たちの蝋人形があります
包公祠へ向かう前に大相国寺を外から見て昼頃に包公祠に到着。ここは入場料20元だが見たいので払う。包公祠は北宋の名判官である包拯を祀っている。やはり開封に来たからには包拯に関連する場所を訪れなければ意味がない。入口には乞食がいたが当然ながら無視をする。包公祠には包拯に関連する資料や人形の展示があり、まあそれなりの内容なのだが満足とまでは言えなかった。

2007/6/22

予算使用状況
出金

食費 13.5元
宿泊費 20元
開封府 35元
切符代(開封→商丘) 11元
合計 79.5元

両替
JTBグローバルキャッシュ 1500元(中国銀行で引き出す) 1元=17.0774円

開封府を見物

ちょっと着くのが遅れて入口での表演は最初からは見られませんでしたお約束の訴えから始まります悪人登場です。この後は名裁きで処刑されます。
今日も朝から雨だったが0700頃には曇りに変わり、これなら外に出られそうだ。0840頃に徒歩で開封府へ向かう。少し出発が遅くなってしまい開封府へ着いたときには入口で既に表演が行われていた。観光客も大勢訪れておりなかなかの人気だ。入口での表演は全部見られなかったが開封府は見る価値が十分あると判断して35元で入場券を購入する。0930から大堂から包公断案の表演があるので周辺を少し見て場所取りをする。表演が始まる頃には大堂は観光客で溢れていた。そして、ここでも割り込みをする奴がおり、先に場所取りをしていた観光客たちと口論になるが何故か割り込みをした奴は追い出されずにそのまま居座ってしまった。さらに隣のおっさんはタバコを吸い始めて煙が撮影の邪魔になるし、おまけに痰まで吐いている。ほとんどの人民は節度を持って行動しているが民度の低い人民が混じっているので気分を害される。しかし、包公断案の表演が始まれば別だ。包拯が名裁きで悪人を裁くおなじみの展開だ。
観光客に混じって撮影しましたお約束の処刑道具も揃っていますここは開封府の牢獄です
表演が終わると観光客たちが包拯を撮影している。ちょっとした撮影会が始まる。自分も撮影をして開封府内を見学する。
こういった雑技とかもあります内部は建物も色々あり宋代の雰囲気を演出しています開封府
開封府内では民間雑芸などの催し物が行われ観光客が飽きないように努力をしている。こういった歴史テーマパークはいくつか見てきたが、ここは珍しく客入りも内容も良かった。開封を訪れたらここは必ず訪れるべきだろう。

切符を買いに行く

駅前はこんな感じ!この画像からどの人が民工か分かれば中国通です。東京駅でこんな光景は無いからすぐ分かると思いますが・・・。
開封府の後は切符を買わなければならない。開封駅へ行くと長蛇の列が出来ている。昨日、一昨日は空いていたのに一体どうなっているのだ?駅前はいかにも「自分は民工です」という人で溢れている。一旦出直して夕方にもう一度買いに行くことにする。夕方に再び訪れると昼とは違い空いており10分ほどで切符が購入できた。明日は1304次で商丘へ移動だ。もちろん無座である。

2007/6/23

予算使用状況
出金

食費 10.7元
宿泊費 20元
切符代(商丘→合肥) 28元
合計 58.7元

入金
保証金戻る 30元
合計 30元

1304次で開封から商丘へ

北京まで修学旅行だろうか?どうして、いつもこうなんでしょう?並んだほうが早く乗れると思うのですが・・・。商丘にやってきました!
0720頃に開封駅までやって来たが待合室は学生の団体で溢れている。修学旅行だろうか?学生たちの改札が先に始まり、その後に一般客の改札が始まる。これだけの団体がいると少なくても2両の硬座車両が既に抑えられていると考えたほうが良いだろう。いつもより席の確保が難しくなるだろう。列車は1分遅れの0752到着、人民は相変わらず並ばずに一斉に我先にと乗車しようとするので大混乱に陥る。しかも、不思議なことに硬座車両でも乗務員が乗客を追い払い乗車させない車両があり余計に混乱していく。人民は慌てているが自分は今更慌てても仕方ないので混雑状況を撮影して高みの見物だ。撮影を終えてこの混乱の中に飛び込むことにする。バックパックをわざと左右に振って後ろの乗客を牽制しながら前の客のリュックを破壊する。何とか乗車した後は別の車両へ移動する。乗車拒否をしていた車両に辿り着くと車内は空いており席を確保する。列車は9分遅れの0802に発車する。これで安心と思ったら発車後に乗務員が何人かの乗客を別の車両に追い出し始めた。どうやら、開封から乗車した客たちのようだ。自分も追い出されるのかと思っていたら乗務員は自分を無視して素通りしていく。一体どういう基準で客を追い出しているんだ?自分は結局空いている車両で商丘に到着する。だけど30分遅れだ。列車を降りる際にもホームにいる乗客が「谢谢您!打开一下!」とか窓を開けるように言ってくる。どうやら、この乗客は窓を開けさせ窓から乗車するつもりだ。恐らくこの乗客は早く乗車する目的だけでなく乗務員に見せる切符を持っていない可能性がある。もちろん、心優しい自分は無視してあげた。駅の出口でも切符を持たない人民が駅員に捕まっていた。1000頃、商丘駅を出て宿を探し始める。

商丘古城

商丘古城明代の街並みを再現しようとしているようですが、まだ開発途上ですね。開発途上でも酒の量り売りの店があったりと雰囲気の良い所もあります。
さっさと宿を決めるべく駅近くの招待所に決めた。1泊20元の田舎の招待所だ。宿の女将さんに「田舎はどこ?」と聞かれたので「日本です」と答えると驚いていた。日本人の客がいることを知った宿の子供は「日本の美味しい物とか面白い物ないの?」と聞いてきて何も持っていない自分は少々困った。宿が決まり次は切符の購入だ。駅で15分ほど並び明日の合肥行き2039次の切符を購入する。今回は商丘発なので無座ではなく硬座だ。商丘での目的は達成したので駅前で1路のバスに乗り商丘古城を見物しに行く。商丘古城は明の正徳6年(1511)に築城され現在も城壁の保存状態が良好だ。まだ大理古城のように綺麗に整備はされておらず、どちらかというと開発途上の平遥古城に近い。古城内も明代の街並みを再現したり観光用の電動カートが走っているが、まだまだ観光開発の途上だ。逆に綺麗に整備されていないので普段の人民の生活環境を見るのに良いかもしれない。

深夜3時半に糞女将が売春の斡旋

深夜3時半にドアを叩く音がする。無視をすると糞女将が勝手にドアの鍵を開けて入ってくる。何かと思えば「要不要小姑娘?」と売春の斡旋だ。断っても「看一下吧」とかしつこく勧めてくる。商丘では売春の相場はいくらなのか気にはなるが値段を聞くとややこしくなりそうなので糞女将を追い出す。どうせ偽公安が踏み込んで金を巻き上げる台本だろうし、本物の公安が踏み込んだら逮捕されてもっと金を巻き上げられそうだ。それに中国の売春婦の3分の1以上は何らかの病気を持っているとか以前新聞で読んだことがある。関わらないのが一番だ。商丘は危険な所だ!ちゃんとした賓館に宿泊するのが安全なようだ。

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2010年07月29日 16:55:45