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<<北京旅行記2009~燕京号帰国編 | 中国バックパッカー |中国から帰国したら・・・概要中国から帰国して旅行記は完結したのだが、その後日談である。 三ノ宮駅から南京町へ![]() ![]() ![]() さて、半年振りにちょっと続きを書いてみる事にした。2009/4/15に神戸港から帰国三ノ宮駅に到着した所で旅行記は終わっているのだが、その後は東京行きの高速バスに乗車するまでの時間潰しで南京町をちょっと散歩したりした。 東京のゲストハウスに潜伏三ノ宮から高速バスで東京駅まで移動して、山手線の内側にある月36000円、18人ドミの某ゲストハウスに約1ヶ月ほど潜伏。宿泊客の半数は日本人で残りはドイツ人、ギリシャ人、台湾人などだ。でも、日本人は2年ぐらい住み着いている人もいるので宿泊客というより住人という表現が良さそう。都内で潜伏しながら職探しをするつもりだったのだが、結局はゴロゴロしてダメ人間として過ごしてしまう。2年5ヶ月ぶりに帰宅5月中旬に自宅へ戻ったら鍵が変わっていたのでチャイムを連打!他人が出てきたら引越ししていた事になり行き場を無くしてしまう所だったが親が住んでいたので何とか帰宅である。上海総領事館から電話が来ていたで、帰宅したのだが親から「上海総領事館から2回電話があった」と言われた。詳しく聞いてみたら2008年8月と2009年2月に在宅かどうかの確認の電話があったそうだ。どうやら大中華様から何らかの照会でもあったのだろうか?2008年8月はオリンピック期間中でビザの発給が制限されていた時期でビザの延長と出入国を繰り返していたので不審者として目を付けられたのだろうか?2009年2月はちょうどチベット自治区ラサに入境証無しで乗り込んでおり、2008年3月のチベット騒乱1周年を迎えようとしてチベット自治区旅游局が外国人の入境証を発給停止した政治的に緊迫していた時期だ。中国政府にとって外国人に来られては困る時期に入境証無しで乗り込んできたのでダライ・ラマの手先と誤解したのか?でも、何故2回とも上海総領事館からの電話なのだろうか?日本大使館ではないのだろうか?謎だ!それに出入国記録を調べれば帰国している事ぐらい分るだろうに・・・。それともどこかの国の工作員が日本人に成りすまして諜報活動でもしていると思ってわざわざ電話して在宅と生存確認したのか?まあ、次に中国へ行った時に入国審査時に特別室で尋問とかの確率が上昇したのは確定かな?市役所で転入届を出す5月某日、パスポートを持って某市役所へ行き転入届を提出する。海外転出していた場合はちゃんと外国へ行っていた事を証明する為に帰国スタンプを押されたページをお役人様に提示しなければならない。そして、自分の場合は転出先が「中華民国」では却下されたので捻くれて「中華人民共和国台湾省」で転出したのだが、国民年金とかの手続きの際にお役人様が持っていた書類には「台湾」の2文字が見えた。どうやら大人の事情で台湾は「中華民国」でも「中華人民共和国」とも表記できないらしい。小包は届いていた![]() ![]() 中国と台湾から送った小包やはがきは奇跡的にボコボコにはなっておらずちゃんと日本に届いていた。小包を発送してから到着までの日数は海南省三亜からだと2008/1/12に送って2/15には届いていた。海南省からでも1ヶ月ほどで到着しているので郵便事情はそれほど悪くないようだ。 <<北京旅行記2009~燕京号帰国編 | 中国バックパッカー | |