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内モンゴル旅行記~成吉思汗陵編概要包頭に到着して内モンゴルでの旅が始まった。まずはオルドス市を目指し包神鉄路で東勝へ移動。ここからチンギス・ハン陵(成吉思汗陵)へ向かう。 Google Earth 内モンゴル自治区 2007/10/13予算使用状況出金 食費 10.05元 宿泊費 20元 保証金 30元 バス代 2元 合計 62.05元 入金 1角拾う 0.1元 合計 0.1元 内モンゴルに到達!包頭東へ![]() ![]() 0530過ぎ、目が覚めるとちょうど山西省大同を過ぎたところだった。大同からは列車番号も1673次に変更になる。これは今まで北京方面へ向かっていたので偶数の列車番号だったが大同からは北京から離れて行くので奇数の列車番号に変更となる。ついでに大同では進行方向が逆になるので機関車の交換が行われ1両だったのが大同からは2両になり重連運転で内モンゴルへ向かう。それにしても、車内が寒い。外もかなり寒そうだ。フフホトの手前の卓資山を過ぎた頃には山が雪化粧していた。標高の高いところを通過しているとはいえ、10月中旬で雪が降っているとなると内モンゴルは既に秋から冬に変わっているということだ。どうやら、訪れる時期を間違えたようだ。1030頃、フフホトに到着する。今日はこのまま包頭東へ向かうのでフフホトでは下車せずに素通りする。フフホトは後日訪れることにする。1230頃、包頭東駅に到着する。 10月の内モンゴルは既に冬包頭東駅に到着したのは良いのだが寒さで体中がガタガタ震える。既に内モンゴルは秋を過ぎ冬になっていた。駅を出ると東勝行きのバスの客引きが待ち構えていたが、無視して駅の售票厅へ向かう。 事前の調査では時刻表には載っていない東勝行きの列車があるはずだったが無かった。代わりに48011次など別の時刻表に載っていない列車を見つけた。でも、包頭駅からは東勝への列車が出ているようなので、とりあえずは今日は包頭に泊まり明日の朝に包頭駅へ行き東勝へ向かうことにする。予定を決めたので次は寝床の確保だ。包頭東駅の周辺が包頭では一番賑わっているらしいので近くの招待所で1泊20元で宿泊する。冬の服装に変えて周辺を散歩と昼食を食べる。昼食に牛肉麺を食べるがこの時にスープで3日ぶりに水分を摂る。3日間、水を飲まずに饅頭だけで過ごしてきたが、まあ大丈夫だった。この寒さでは水を飲む必要は無いだろう。夕方になり宿に戻り久しぶりにテレビを見るが天気予報は包頭の最低気温を1度と報じていた。やはり内モンゴルは既に冬だった。2007/10/14予算使用状況出金 食費 25.8元 宿泊費 60元(30元×2) 保証金 40元 バス代 4.5元 切符代(包頭→東勝) 21元 合計 151.3元 入金 保証金戻る 30元 合計 30元 包頭駅へ移動![]() ![]() 0615頃に起床する。すぐに出発の準備をして0650頃に招待所を出る。招待所のすぐ近くにバスの停留所があり133路のバスに乗車して包頭駅へ向かう。路線バスなので包頭駅まで客を拾いながらゆっくりと走る。おまけに外は冷え込んでおり霜柱が立っている。1時間ほど掛かり0750頃、包頭駅に到着する。售票厅へ向かい東勝行きの列車を確認するが時刻表は見当たらなかったが、東勝、神木北行きの窓口があった。東勝行きの切符を買いすぐに待合室へ向かう。 4695次に乗車する![]() ![]() ![]() 改札口では既に改札が始まっており地元民が列を成していた。地元民に混じりバックパックを背負い明らかに旅行中と分かる日本人が乗車する。切符は始めから無座なので席は諦めていたが予想に反してあっさりと席が確保できてしまった。しかも、車両は25DTなので空調付きで豪華だ。 ![]() ![]() 時刻表に載っていない路線なので22Bあたりだと思っていたがなにやら凄い。乗務員の態度もなにやら丁寧な気がする。0819に4分遅れで包頭を発車して神木北へ4695次が走り始める。 包神鉄路で包頭→東勝![]() ![]() ![]() 時刻表に乗っていない路線なので、どれだけ古い車両に乗車できるのかなと思っていましたが予想外の空調付き車両で東勝へ向かう。空調付きなので窓が開けられず景色を撮るのには不利なのが問題だ。途中で黄河を越えて目的地の東勝まではいくつかの駅があるのだが、観光客が利用しそうなのは响沙湾だろう。响沙湾は中国人には有名な観光地のようで、簡単に言えば敦煌の鳴沙山のように砂漠を見物することが出来る。但し、停車する列車は朝と夕方の2本しかないし、駅と言っても「响沙湾旅客乗降所」と表示されている。まあ、ここに来る観光客はツアーかタクシーをチャーターして訪れるのが一般的だろう。响沙湾を発車するとすぐにロープウェイらしき施設が見えたので観光開発は進められているようだ。この列車に乗車していて気付いたのだが、ちゃんと駅に停車する前に乗務員がトイレの鍵を掛けている。大体この手の田舎の路線はトイレの鍵なんて掛けないのだが、これは車両が良いと乗務員の質も高いのだろうか?そういえば乗務員は女性ばかりだった。 ![]() ![]() 1020頃、東勝に到着する。駅舎は大きく田舎のボロイ駅を予想していた自分にとっては少々驚きだ。さて、いつもなら駅前で寝床を探すのだが安宿は少ないように感じられる。高そうな所はあるのだが・・・。まあ、明日はチンギス・ハン陵(成吉思汗陵)へ行くので東勝汽車站まで歩きながら宿を探すことにする。 東勝汽車站と東勝駅![]() ![]() ![]() 東勝といってもほとんどの人は「聞いたこと無い」と思うでしょう。東勝というのはオルドス市東勝区の事を指している。オルドスなら聞いた事のある人は少しぐらいいるだろう。まあ、東勝はオルドスの市街地と考えておくと良いだろう。オルドスでも決して駅を出たら大草原なんて事はありませんので!駅前から1路のバスで東勝汽車站へ行けるのだが徒歩で東勝汽車站へ向かう。途中で道を間違えたが何とか到着する。やはり、バスターミナル周辺の方が宿が多い。早速寝床を探すが30元ぐらいが相場のようだ。何件かは40元とか提示してきたので他を探すがようやく30元の宿を見つける。部屋を確認して寝るだけなら十分な設備なので2泊することにする。寝床を確保して次は東勝汽車站でチンギス・ハン陵を通過する烏審旗行きのバスを確認し、再び東勝駅で情報収集をする為に1路のバスに乗車する。再び東勝駅を訪れ售票厅へ向かう。售票厅で神木北と包頭行きの列車を確認して東勝駅を後にして1路のバスに乗車する。 オルドスは都会になっていた![]() ![]() ![]() 東勝駅から1路のバスで市中心部に戻ってきたが、立派な商業施設がありケンタッキーもちゃんとある。これだけ発展していればもはや田舎ではなくなっている。大草原は一体どこへ行ってしまったのだろうか? 馬乳酒と内モンゴルのビール![]() まあ、都市化していてもきっと郊外は草原が広がっているのだろう。明日、チンギス・ハン陵へ行く途中で本来のオルドスの風景が見られるはずだ。今日はこれで調査は終わりにしてスーパーで馬乳酒と内モンゴルのビールを購入する。やはり内モンゴルまで来たのだから内モンゴル特産の馬乳酒を飲まなければ!ビールは他のビールと同じだろうけど馬乳酒は飲んだことが無いのでちょっと楽しみだ。因みにビールは2.5元、馬乳酒は9.8元だ。宿に戻り早速、馬乳酒を飲むがこれが美味い!一番安い馬乳酒を買ってきたが高いのはもっと美味いのだろう。でも、この味ならビール並みに安ければ毎日飲むのだが・・・。夕飯はバスターミナル近くの餐厅で食べるがメニュー表に蒙餐(モンゴル料理)があり蒙古餃子というのが10元であったので奮発して食べてみたが普通の水餃子だった。蒙古の「も」の字も感じられなかった。 2007/10/15予算使用状況出金 食費 35.3元 バス代(東勝→成吉思汗陵) 20元 バス代(成吉思汗陵→伊旗) 10元 バス代(伊旗→東勝) 8元 成吉思汗陵 80元 合計 153.3元 成吉思汗陵へ向かう![]() ![]() ![]() 0630頃に起床する。0730頃、東勝汽車站で成吉思汗陵(チンギス・ハン陵)行きの切符を購入しようとするが窓口では販売しておらずバスに乗車してから切符を購入することになる。烏審旗行きのバスが成吉思汗陵へ行くと聞いていたが、售票処で伊旗行きに乗車するように言われる。ここで解説しておくが伊旗とは伊金霍洛旗の略である。地元民は皆、伊金霍洛旗を伊旗と呼んでいる。伊金霍洛旗だと長くて言い辛いからだろう。それと同じように伊旗の中心地である阿勒騰席熱鎮も阿鎮と省略されるが、伊旗行きのバスは阿鎮が終点なので伊旗=阿鎮と考えた方がよさそうだ。成吉思汗陵までの運賃は20元で0830頃にバスが発車する。オルドス市内を出ると草原が広がっていた。何とか内モンゴルらしい風景にめぐり合えた。0930頃、阿鎮汽車站に到着するがここが終点の伊旗のようで、ここから先に行く乗客はバスターミナル内に停車していた別のバスに乗り換えさせられる。伊旗から成吉思汗陵までは10元なのだが東勝から伊旗までは8元だ。単純に合計は18元のはずだが、東勝でバスに乗車した時は20元だったぞ!紅碱淖行きのバスに乗り換えて0940頃にバスが出発する。草原の中をひたすら走り1030頃、ロータリーでバスが停車する。成吉思汗陵がある伊金霍洛鎮に到着だ。到着と言ってもここから3㎞ほど歩くことになる。ロータリにはタクシーの運ちゃんたちが待ち構えていたのだが無視して案内標識を頼りに歩いていく。 成吉思汗陵に到着![]() ![]() ![]() 成吉思汗陵の入口である伊金霍洛鎮のロータリー周辺は一応観光開発がされ無駄に広い道路と新しい建物が目立つ。いづれは一大観光地にしようとする計画なのだろう。それでも、成吉思汗陵へ向かってちょっと歩くと草原というか荒野が広がっている。遠くには成吉思汗陵が見える。これなら迷うことも無いだろう。1110頃、成吉思汗陵に到着するが相当の田舎にもかかわらず駐車場にはそこそこ車が停車しており観光客もいる。平日でもこれだけ観光客がいるのは凄い。田舎の観光地だと何時潰れてもおかしくないほどの惨状を目にするのだがここは違った。成吉思汗の名前はそれだけ凄いのだろう。でも、入場料80元は高いがここまで来てしまったので見物していくことにする。 成吉思汗陵は新しすぎる![]() ![]() ![]() 牌楼をくぐるとまずは成吉思汗の銅像が出迎えてくれる。さらに階段を上がっていくと成吉思汗陵宮に到着する。これが成吉思汗の霊廟なのだが新しく綺麗だ。 ![]() ![]() ![]() 中を見物すると成吉思汗像があり成吉思汗の生涯が紹介されていた。霊廟なので資料展示とかは少ないがかなりお金を掛けたつくりで装飾が立派である。但し、撮影禁止になっておりモンゴル族のおっちゃんたちが厳重に警備している。成吉思汗陵宮の見物後は周辺の祭壇などを見物するがこの時に成吉思汗陵が新しい理由が分かった。 ![]() ![]() 成吉思汗陵は清代初期にこの地に移されてきた。抗日戦争中は甘粛省や青海省のタール寺に移された。1954年にこの地に戻されたが文化大革命で破壊され、1977年から再建が始まった。こういった理由で成吉思汗陵は新しいようだ。他にも観光開発で次々と新しく建設したりしているのだろう。はっきり言って古い建物は無かった。 東勝へ戻る![]() ![]() 成吉思汗陵を出て伊金霍洛鎮のロータリーへ徒歩で戻り1400頃、ロータリーに到着する。ここで東勝行きのバスを待つことにするが、タクシーの運ちゃんが声を掛けてきた。伊旗まで10元ということなので利用することにする。乗合タクシーなので運ちゃんが客を4人集めて伊金霍洛鎮を出発する。1435頃、阿鎮汽車站に到着する。ここで東勝行きのバスに乗るが発車して阿鎮汽車站の前で見てはいけない光景を見てしまった。バスターミナル前で地元民と一緒に公安がトランプをしているではないか!ここの公安は腐っているようだ。1540頃、東勝汽車站の近くで降ろされる。このまま宿に戻っても良いのだが馬乳酒を買いに鄂尔多斯购物中心へ向かう。オルドスにもケンタッキーがあるのは昨日確認したが、そういえば看板にモンゴル文字が併記されていた。こういうのを見るとここは中国でもモンゴル族の土地なのだと感じる。ついでにオルドスは田舎といっても東勝区の人口は約43万人だ。田舎といっても中国は規模がでかい。 今日も馬乳酒を飲むが・・・![]() ![]() 鄂尔多斯购物中心で昨日に続き馬乳酒を購入する。今日はアルコール度数36度の馬乳酒も購入してみたが、これが滅茶苦茶辛い。これはさすがに一晩で飲み切れない。とりあえず瓶が割れると厄介なので水筒に入れ替えて10日ぐらいかけて飲もうかな? 内モンゴル旅行記~包頭編へ続く |