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<<台湾旅行記~小三通 アモイ→金門編 | 中国バックパッカー | 台湾旅行記~台北編2>>台湾旅行記~台北編1概要さて、台北までやって来たが観光地に関する情報を調べていないので散歩しながら観光を開始する。国立台湾博物館、国軍歴史博物館、二二八和平紀念館、中正紀念堂、総統府など台北駅周辺の観光地を見物していく。 Google Earth 台湾 2008/10/18予算使用状況出金 食費 136台湾ドル Tシャツ 118台湾ドル 合計 254台湾ドル 国立台湾博物館![]() ![]() 1000頃、ユースの周辺を散歩してみる事にするが実は台北の観光地については調べずに来たのでどのような観光地があるのか分からない。正直言って故宮博物院や中正紀念堂しか観光地は思い浮かばない。ユースで貰った路線バスの地図を参考にして二二八和平公園にでも行ってみる事にする。1010頃、何やら古そうな建物が見えてきた二二八和平公園の敷地内にある国立台湾博物館に到着だ。入場料は20台湾ドルだ。 ![]() ![]() ![]() 館内には台湾の歴史、自然、原住民についての展示があるのだが日本人の功績を紹介しているような展示もある。大陸なら日本人を褒めるなんて考えられない展示だ。館内には撮影禁止の場所もあるのだが初めは撮影しようと思ったが見学者は撮影禁止場所では撮影していなかったので自分もやめておいた。大陸なら人民に紛れて構わず撮影なのだが、ここは台湾であって文明的な行動をしなければならない。でも、台湾の原住民を紹介している展示は撮影可なので遠慮なく撮影する。そして、館内には台湾で民生長官を務め満鉄初代総裁の後藤新平の銅像が展示されていた。この時、国立台湾博物館が元々は1915年に「児島総督及後藤民生長官紀念館」として建設されていた事を知る。 歩いてみる![]() ![]() ![]() 国立台湾博物館を出て二二八和平公園を抜けて歩いていると立派な建物が見えてきた。初めは何の建物か分からなかったが近づいてみると自動小銃を持った憲兵がいるではないか!政府機関の建物のようだ。そして、総統府の文字を発見する。いつの間にか総統府に来ていたのだ。総統府は旧総督府の建物を利用しているというので日本時代に建設された建物だ。総統府を後にして西へ進んでいくとカルフールを発見!台湾にもカルフールがあったのだ!夕方に買い物でもしよう。 ![]() ![]() ![]() 路線バスの案内図に掲載されている地図を参考にしながら歩いているのだが何処に観光地があるかよく分からない。ちゃんとネットで調べてからでないと時間と労力の浪費になるようだ。というか、すでに浪費しているな・・・。でも、当ても無く歩いていると通りに台湾の国旗である青天白日満地紅旗をいたる所で見かける。総統府の近くだからという事もあるかもしれないが「台湾に来たなぁ」という気分になる。 国軍歴史文物館![]() ![]() 1500頃、総統府の近くで国軍歴史文物館(國軍歷史文物館)を見つけ入場料無料だったので見学する事にする。国軍歴史文物館はその名のとおり台湾軍に関する博物館と思いきやほとんどが国民党軍の歴史を扱った展示で抗日戦争や国共内戦に関する展示が目立っている。で、運営しているのは軍なので館内の職員は全員軍人さんのようだ。 ![]() ![]() ![]() 館内は蒋介石が北伐時に使用した指揮刀など国民党軍に関する収蔵品が豊富だ。抗日戦争のコーナーもあり南京大虐殺などの展示があるが大陸とは微妙に表現が異なる印象を受けた。そして、国共内戦に関する展示は負けたという表現が見当たらない。あくまで台湾防衛、大陸反攻の準備みたいな表現になっている。 カルフールで買い物![]() ![]() 1600頃、カルフールで買い物をするが大陸のカルフールと違いバックやリュックを店内に持ち込めるのだ。日本のスーパーと同じだ。更に大陸のカルフールとの違いはまだあった。台湾のカルフールは食料品の値段表示に1kgとか500ml、1Lあたりの値段も表記されているのだ。おかげで価格の比較が非常にしやすくなっている。そして、やたらと日本語表記の商品が多いのだ。でも、日本の商品かなと思って手にとってみると日本では使わなくなった難しい漢字があったりと完全な台湾製なのだ。どうも、台湾では日本語を使っておくと消費者の購買意欲を掻き立てる作用があるようだ。これは日本に対する印象が良い台湾ならではの光景だろう。店内を一回りしてTシャツ2枚と可果美(カゴメ)のカレーの3箱セット、ビールを購入する。 2008/10/19予算使用状況出金 食費 12台湾ドル 二二八和平紀念館 20台湾ドル 合計 32台湾ドル 二二八和平公園・二二八和平紀念館![]() ![]() 0800頃に起床する。昨日、溜まっていたHP作成を進めたが、まだかなり溜まっており作業が追いつかない。1045頃にユースを出て二二八和平公園へ向かう。昨日は国立台湾博物館だけ見学したが今日は下調べをしておいたのでじっくり見物だ。まずは国立台湾博物館の近くにある2両の蒸気機関車を見て鉄分補給する事にする。ここには台湾最初の蒸気機関車である1号機関車「騰雲」と9号機関車が展示されており台湾の鉄道史における重要な機関車である。ここでは10台湾ドルで汽笛が聞けたりするのだが家族連れが硬貨を投入してくれたので便乗して汽笛を聞く事が出来た。鉄分補給の後は二二八紀念塔を見物して二二八和平紀念館へ向かう。 ![]() ![]() 1115頃、二二八和平紀念館に到着する。二二八和平紀念館は1947年に起きた二二八事件に関する資料館で建物はNHKの台北放送局としてラジオ放送が行われていた。入場料は20台湾ドルで館内は日本時代の台湾と二二八事件における国府軍の虐殺に関する資料が展示されている。 ![]() ![]() 訪れた時は台北放送局と臺灣廣播電台の特別展示が行われており台湾のラジオ史が紹介されていたのだが、何故か昭和天皇の玉音放送が繰り返し流されていた。どうやら、台湾のラジオ史では玉音放送はかなり特別らしい。まあ、日本のラジオ史でも玉音放送は特別な出来事といっていいだろうな。 中正紀念堂![]() ![]() 1230頃、中正紀念堂に到着する。といっても、まだ巨大な牌坊の前である。中正紀念堂といえばツアー旅行でほぼ100%訪れる定番観光地だ。牌坊を潜り抜けて中世紀念堂へ向かうがやたらと広い。台湾も大陸と同じで「でっかい事はいいことだ!」という考えなのだろうか?広場では一般市民参加の防災訓練をやっていたりするのだが、大陸では人民参加の防災訓練なんて見たことが無かったな。防災意識の違いも台湾と大陸の違いを表しているのだろうか? ![]() ![]() 中正紀念堂にようやく到着というか90段の階段を登り巨大な蒋介石の銅像を撮影する。以前は衛兵が警備していたのだが民進党政権の時に衛兵の警備が廃止されてしまった。今年の総統選挙で再び国民党政権に戻ったので今後衛兵復活の可能性がありそうだ。 ![]() ![]() ![]() 蒋介石の銅像を見物した後は蒋介石の遺品が展示されているので見学する。良くも悪くも台湾を統治していた蒋介石だが遺品の展示を見る限りでは悪い印象は無い。まあ、蒋介石の為の中正紀念堂だから批判的な内容が無いのは当たり前だな。 ![]() 中正紀念堂を後にしてユースへ戻る事にするが途中の横断歩道で赤信号なので待っているとガキ、母ちゃん、婆ちゃんの3人組がやってくる。ガキが赤信号を渡ろうとすると婆ちゃんが「赤信号!赤信号!」と言ってガキを制止する。それでもガキは渡ろうとすると婆ちゃんと母ちゃんに引っ叩かれていた。日本ではこれは何気ない光景なのだが、大陸を旅していた自分にとっては衝撃的な光景であった。大陸なら小皇帝を叱ることなく家族全員で信号無視だ。当然、人民どもも100人中99人が交通ルールを守るという事は無いと言っても良い。台湾と大陸の差を目の当たりにした。そして、横断歩道を渡り歩道を歩いて行くと教育部の前でデモ活動が行われていた。自由にデモが認められているとはさすが台湾!民主国家だ。大陸で同じような事をしたら投獄されてしまうだろうし、ついでに行方不明にもなりそうだ。 新光三越へ行ってみる![]() ![]() 1400頃、ユースの隣にある新光三越で買い物をするが自分は三越で買い物をするのは日本の三越を含めて初めてである。三越の前を通り過ぎた事はあったのだが貧乏人の自分にとっては敷居が高すぎるのである。もちろん、三越だけでなく百貨店と分類される店は貧乏人の自分には怖くてとても入れない。三越で買い物なんて日本では考えられなかったが台湾で三越を利用する事になるとは・・・。因みに言っておくが昨日カルフールで買ったTシャツは三越で買い物する為に小ぎれいにしておこうと買っておいたのでないぞ!既に穴あきTシャツで限界に達したから買い換えただけである。で、台湾の三越は正直言って貧乏人にとっては別世界だ。何もかもが高い!地下2階の食料品売場へ行くとさすが三越!日本の食料品が豊富である。カルフールのように実は台湾製というようなオチはない。正真正銘の日本の食料品が並んでいる。でも、値段は高い。自分はとても日本の食料品は買えないので特売の緑茶を買うので精一杯である。上流階級の世界は自分には合っていない。民工の世界がちょうど身の丈にあっている。 2008/10/20予算使用状況出金 食費 418台湾ドル 悠游卡 500台湾ドル SDカード4GB 240台湾ドル 合計 1158台湾ドル 国立歴史博物館へ行くが・・・![]() 0915頃、ユースを出て中正紀念堂へ向かう。中正紀念堂で蒋介石の銅像を見た後に国立歴史博物館へ向かうが途中である重大な事に気が付く。今日は月曜日。博物館はほとんど休館のような・・・。予想通り国立歴史博物館も休館であった。仕方が無いので明日出直すことにして台湾の電気街である光華商場へ向かう。 光華商場![]() ![]() ![]() 1100頃、光華商場に到着。ここは台湾の秋葉原とも称される電脳街だ。自分のイメージだと海賊版とかが売られて滅茶苦茶怪しい場所と考えていたのだが、建物が新しくなって真っ当なショッピングモールに生まれ変わっていた。で、電脳街なのでアキバ同様にアニメ関連の店も入っていた。そして、光華商場に来た目的はSDカードを購入する事である。実は深圳で購入したPQIのSDカード4GBがくたばり始めて今までに何度も画像が消えるトラブルに見舞われているのだ。画像が消える度にファイル復活ソフトを使って何とかしのいでいたが危険な状態には変わりないので買い換える事にする。数軒の店を調べて創見(Transcend)のSDカード4GBを240台湾ドルで購入する。 悠遊卡を購入する![]() ![]() ![]() 1230頃、台北駅にやってきた。ここで悠遊卡(Easy card)を購入する。悠遊卡はSuicaやPASUMOの様の使えるICカードで台北のMRTや路線バスなどで利用できるのだ。これがあれば路線バスでわざわざ小銭を準備する必要が無いので台北観光には必須である。 カルフールでビール大量購入![]() 1500頃、カルフール(家樂福)でビールを大量購入する。台湾産の青島ビール、韓国産のビール、タイ産のビールを購入したのだが1缶では販売しておらず3缶とか6缶のセット販売だったので大量購入になってしまった。このままだと台湾でアル中になりそうだ。 2008/10/21予算使用状況出金 食費 0台湾ドル 国立歴史博物館 30台湾ドル 合計 30台湾ドル 総統府を見学するが・・・![]() ![]() 1030頃、総統府へやってきた。ここは旧台湾総督府で建物の概観は当時のままだ。日本で言えば首相官邸に当たる重要施設なのだが周囲には塀が無く物々しい雰囲気は無い。国家の中心部ともいえる場所なのに警備がこんなに手薄でいいの?なんて思ってしまうのだが、よく見ると自動小銃を持った憲兵がいたり私服の警備がいて一応は警備しているようだ。でも、警備の人数少ないような・・・。まあ、それだけ平和という事なのだろう。で、総統府は平日の午前中に1階部分のみ見学できるようになっているので見学用の入口へ移動する。入口には自動小銃を持った憲兵がいて物々しい雰囲気なのだが受付でパスポートを提示して登録手続をするがガイド付きで見学しなければならないようで日本語ガイドを呼んでくれている間待つことになる。自分としては台湾人の団体に便乗させていただき見学するのでも問題なかったのだが受付のおばちゃんがわざわざ日本語ガイドを呼んでくれたのでご好意の甘える事にした。日本語ガイドのお爺ちゃんがやって来て見学開始となるが、まずは手荷物検査でリュックとGPSを預ける事になり総統府へ。因みに内部は撮影禁止でカメラも預けなければならない。 ![]() ![]() 総統府には6人の日本語ガイドがおりいづれもボランティアでこのお爺ちゃんもボランティアである。このお爺ちゃんはもちろん台湾人であり仮にここでは先生と呼ぶ事にしよう。先生はしっかり日本語が話せるのでこちらもしっかり説明を聞くのだが、何故か日本の植民地以前の展示は「つまらないから」と言って飛ばしてしまう。自分としては植民地以前の展示も充分面白いと思うのだが、ここは先生に従う事にする。先生は日本の植民地時代の展示で下関条約や日本軍の台湾上陸を説明するが「平和的に台湾は日本に引き渡された」とか全く予想していなかった説明を受ける。確か日本が台湾を接収する際には台湾民主国を滅ぼして14000人ぐらい犠牲者が出ていたはず(参考)なのでこの説明には驚きである。まあ、大陸だったら「日寇は略奪と殺戮の限りを尽くし・・・」というような説明の筈だ。そして、先生は教育政策の部分の説明では教育勅語を暗誦し始めて、明治天皇を明治天皇様と呼び「日本は台湾に学校を作ってくれた」「台湾をいじめたり、愚民化政策をするなら学校は作らない」と日本と明治天皇をべた褒めする。教育勅語を暗唱できる時点で既に凄いのだが、明治天皇までべた褒めするのでこれまた驚きだ。韓国なら「八つ裂きにしても足りない日王」と紹介しても不思議ないだろう。この様に日本を褒めちぎる中で蒋介石や宋美齢、国民党については「日本の財産は蒋介石と国民党が引き継いだ」「台湾政府は日本から財産を引き継いでいない」「支那人は嘘をつくでしょ」「支那人が来る前は強盗や殺人事件は大事件だったが、今じゃ大事件じゃないでしょ。東京にも支那人がたくさん来て同じでしょ。」「蒋介石が死んで宋美齢はアメリカに逃げた」と一転して何やら厳しい発言が・・・。というか、先生「支那人」と言っちゃまずいですよ。更に六士先生の芝山巌事件に関しては「この人達は台湾の教育の為に来たのに台湾じゃ悪い人にされている。本当の歴史は違う。これは反対教育、反日教育。」と予想外の展開が続き、廖添丁の展示では「この人は泥棒なのに今じゃ義賊になっている。これも反対教育、反日教育。」と言っちゃまずいような内容になっている。そして、「ここじゃあまり見せられないけど、この本あげるからちゃんと読んでね」と日本語の本を貰う。自分もすぐにポケットに本をしまうと先生が「あの黒の上着で襟が赤の人いるでしょ。あれ国民党の人。」とかなり警戒した様子だ。どうやら、先生は蒋介石、宋美齢、国民党、大陸人がかなり嫌いなようだ。本省人と外省人の対立は予想以上に根深いというのを認識させられた。更に「日本でも餃子の事があったでしょ。最近はインゲンとか・・・。だから支那は駄目。」と大陸批判全開である。次に台湾の水道事業の説明を受けるが「東京より先に台湾に上水道ができた」と説明を受けて「東京より先だったんですか?」と驚くと先生は「日本は台湾を重要視していたんだ」と凄く嬉しそうに説明を続けて、「日本は外国から技師を連れてきた」「台湾をいじめるなら外国から技師は連れてこない」と日本びいき全開である。更には八田興一の説明では「八田興一さんは灌漑設備を作ってくれた」とか後藤新平の説明では「自分たちはこの人に助けられた」「日本からお医者さんをたくさん連れてきてくれた」といった驚きの発言ばかりである。更に台湾人日本兵の説明では「台湾人も日本の兵隊さんとして戦ったんだ」「鹿児島の知覧特効基地に行ったことある?私は3回行った事があるよ。機会があれば行きなさい。」と説明が続き、従軍慰安婦についての説明というか先生の意見を聞く事になるがそれは「軍部が女の人達を攫ったなんて嘘」「強制してたら女の人はみんな自殺する」「お金がたくさん貰えて、病気になっても国がちゃんと治療したから応募したんだ」と驚きの意見であった。まあ、自ら応募した女性もいるかと思うが強制された女性もいるんじゃないかな?現代で例えるなら多重債務でサラ金のおっちゃんたちによってお風呂屋さんに沈められた女性みたいに嫌々というのもあるような・・・。というか、先生は日本の悪い所を一切説明していない。更に「麻生はまあまあだね。小泉さんははっきり言うからいいね!福田は駄目だね。」と日本の首相を評価し始める。先生は親中の福田は嫌いなようだ。でも、安部さんは忘れ去られていた。もう、驚きの連続です!大陸では絶対にありえない発言の連続だ。そして、最後に先生から11/2が普段は非公開の2階と3階が見学できて撮影可能という特別参観日という事を教えてもらう。 国立歴史博物館![]() ![]() ![]() 1145頃、昨日休館だった国立歴史博物館に到着する。国立歴史博物館というから台湾の歴史満載かなと思ったら大陸から持ってきた彫刻やら磁器やらが多いような・・・。でも、ちゃんと台湾の遺跡からの出土品も展示していた。 食料を食い尽くした大陸から持ち込んだ米とラーメンを台湾に来て以来食べていたが、ついに食い尽くしてしまった。明日からは快餐を利用する事になりそうだ。<<台湾旅行記~小三通 アモイ→金門編 | 中国バックパッカー | 台湾旅行記~台北編2>> |