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チベット文化圏旅行記~青海省 玉樹編

概要
西寧から南へ約800㎞離れた四川省とチベットの境界に近い玉樹(ジェクンド)へ向う。玉樹にはチベット仏教サキャ派の結古寺(ジェグ・ゴンパ)があり、どんな寺院か見物に行く。


Google Earth
青海省

2007/8/17

予算使用状況
出金

バス代 1元
振込手数料 50元
合計 51元

入金
保証金戻る 140元
合計 140元

両替
中国銀行 200000円→13074.2元 1元=約15.297円

西寧→玉樹(ジェクンド)

今回乗車のバス途中は平原と山を交互に越えていきます瑪多に到着した頃は既に日没寸前です
朝は円が急騰していたので中国銀行で両替をしてくる。1030頃に塔頂陽光旅友驛站をチェックアウトして西寧汽車站へ向かう。1路のバスの車内で水筒を忘れてきたことに気付く。50元ぐらいで買った自分にとっては貴重品だ。かなり使い込んでいるので減価償却はできているが勿体無い事をしてしまった。定刻どおり1100頃に玉樹行きバスが発車するが一番安いバスだったので乗客は民度最低の人民たちであった。灰皿が無いのにタバコを吸い、床に捨てる。お約束だが痰も床に吐いています。驚いたのだチベット仏教の坊さんまでが床に痰を吐いていた。仮にダライ・ラマが同じバスに乗ったら床に痰を吐くのだろうか?自分が思い描くチベット仏教の世界が崩れ去ろうとしている。1500頃、山岳地帯に入ると道が悪くなるが途中でトンネル工事をやっており数年もすれば綺麗に舗装された道路になるのだろう。4000m以上の山を登り、2030頃に瑪多(玛多)の黄河沿到着。GPSを見ると海抜4200mを超えていた。瑪多では食事休憩なのだが自分は昨日買い込んだ饅頭で食いつないでいる。2130頃、瑪多を出発する。既に周辺は真っ暗で何も見えない。地図を見るとこの先さらに海抜の高い場所を通りそうなのだが外は闇で見えないので寝るしかない。途中でいくつかの町で客を降ろしていたが玉樹はいつ到着なのだろうか?

2007/8/18

予算使用状況
出金

食費 11.5元
宿泊費 60元(30元×2)
保証金 20元
バス代 2元
バス代(玉樹→西寧) 115.3元
合計 208.8元

深夜3時過ぎに玉樹到着

0300過ぎに車内が騒がしくなったので目が覚める。どこかの町に到着したようだが周辺の様子はよく分からない。乗客と運ちゃんの話を聞いていると玉樹に到着したようだ。乗客のほとんどは降りたが降りない乗客がいたので終点まで行くことにするが玉樹汽車站にすぐ到着する。聞いていた話だと朝7時到着だったのだが早く到着するのにも時間を考えてほしい。ゴルムドに到着したときも深夜だったし青海省の長距離バスはどうなっているんだ。とりあえず、交通賓館で30元の3人ドミに宿泊する。交通賓館なのに登記はなく、どうやら玉樹に公安は厳しくないようだ。部屋に案内されると先客に坊さんとおっさんがおり寝ていた。0330頃、自分も寝ることにする。

玉樹に偽ユースホステル?

広場にある巨大な像玉樹青年旅舎には見たことのあるようなロゴがあるのですがユースホステルのHPで紹介されておらず偽ユースの可能性大
0700頃に起床するが水道が断水していた。服務員に文句を言ったら30分ぐらいで断水は解消した。0830頃、玉樹(ジェクンド)の町の北にある結古寺(ジェグ・ゴンパ)を見に行く。北の高台にそれらしい建物が見えるので徒歩で向かう。玉樹に到着した深夜は周辺の状況が何も分からなかったが、玉樹は四方を山に囲まれており景色の良い町だった。通りの建物もチベット風になっており店の看板や道路標識にもチベット文字が表示されている。住民のほとんどもチベット族だ。玉樹は恐らく青海省で最もチベット文化に触れられる町なのだろう。広場にはチベット族の巨大な像があるのだが特にどういった人物の像なのかなどの説明は無かった。まあ、大体どこの町でも毛沢東像が定番なのだが玉樹にはチベット族の巨大な像があり毛沢東像が見当たらなかった。これは大人の事情って奴かな?結古寺は場所は分かっていても案内標識が無く入口の道が分かりづらかった。国道沿いの結古寺賓館の近くの路地を入るのだが1度通り過ぎてしまう。でも、通り過ぎても無駄にはならなかった。結古寺賓館を過ぎると何故か、あのユースホステルのロゴの看板を見つけてしまう。ユースホステルのHPを見る限り玉樹には無いのだが一体どういうことだ。やはり中国お得意の偽物ということだろうか?北京駅前にもHPで紹介されていない偽ユースがあるのだからこれも偽ユースなのだろう。

結古寺(ジェグ・ゴンパ)を見物

工事中の山門遠くから見ると立派な寺院の様にも思えるのですが・・・タルチョがたくさんあるのですが電線に絡まっているのは危ないような・・・
偽ユースを発見した後に道を戻り結古寺への路地を進む。しばらくすると工事中の山門が見えてきた。
修行僧の集団に遭遇僧坊とか色々あるのですが計画的に建設したほうが良いのでは?結古寺からの風景
ここから更に坂道を登り結古寺に到着!ちょうど、修行僧の集団に遭遇する。修行僧たちは特によそ者を見ても反応なし。こちらは、勝手に寺の奥へ入っていくが至る所が工事の途中であった。
僧坊かな?これって文革の跡かな?こういった破片も文革の跡なのかな?
結古寺はサキャ派のチベット寺院なのだが文化大革命で破壊された寺でここ数年でようやく復興が始まったとか・・・。確かに崩れた古い建物や集められたチベット文字が彫られた石版の破片とか見ると「紅衛兵に破壊されたのかな?」って思ってしまう。
修行僧もバイクに乗る時代のようです結古寺も復興が進むといずれは観光地化されてしまうのでしょうか?結古寺からは玉樹が見渡せます
寺は復興途中だが寺からは玉樹が一望でき景色は良い。青空も広がり大気汚染はあまり進んでいないようだ。ゴミはあちこちにあったけど・・・。

西寧行きの切符を購入

賽馬場周辺賽馬場周辺西寧行きの切符。手書きとは・・・。
結古寺を見物後は賽馬場へ1路のバスで行ってみるが賽馬節は既に終わっているので特に何も無かった。玉樹で結古寺を見たので明日は河卡へ移動して同徳へ向おうと思い玉樹汽車站へ行くが河卡行きバスが運行されていないことが判明する。それなら四川省へ出て九寨溝へ行こうと思い四川省に一番近い歇武への切符を買おうとするが、これも運行されていなかった。結局は西寧へ戻るしかなく西寧行きの切符を購入する。

玉樹を散歩

女性は民族衣装を着た人が多いようです恐らくほとんどがチベット族すぐ近くは山です
玉樹を散歩してみるが回りはチベット族ばかりだ。たまに回族を見かけるぐらいで本当にチベット族の町だ。坊さんがアイスを食べていたりとちょっと不思議な光景も見られるが、乞食もいる普通の町だ。中高年の女性はほとんど民族衣装で、若い男性は長髪が多い。まあ、良くも悪くもチベット文化を体験できる場所だ。ちなみに玉樹は富士山より高い海抜3600mに位置しているので8月でも夜は上着必須です。昼間は長袖一枚で大丈夫です。

2007/8/19

予算使用状況
出金

食費 10元
宿泊費 60元(30元×2)
保証金 40元
合計 110元

入金
保証金戻る 20元
合計 20元

玉樹→西寧へ

玉樹汽車站これが今回乗るバスです。乗客はチベット族と回族が主体のようです。修行僧も携帯電話を使う時代のようです
0730過ぎに交通賓館をチェックアウトする。玉樹汽車站は、隣というか同じ敷地なのですぐに到着する。バスの荷物室にバックパックを置いて外で時間を待つ。玉樹というチベット族の自治州なので乗客にはチベット仏教の修行僧が数人いる。そして、バスターミナルといえば新聞や飲み物などを売る売り子が必ずいるのだが、玉樹では経文が印刷された紙が売られていた。0800過ぎに運ちゃんがバスのドアを開けて乗客が乗車し始める。自分は後方の通路側の席だったが、知らない振りして窓際に座る。しばらくして、チベット族のおっさんが席の番号を聞いてくるので答えると通路側の席に座った。窓際の席を何とか確保できた。撮影に最適な窓際の席で安心していると外で運ちゃんが白人の旅行客に地図を見せられ何か聞かれている。少しすると外国人旅行客が荷物室にバックパックを置いて乗車してきたが何か困った様子だ。外国人旅行客が自分のすぐそばに来たので声をかけてみると切符を見せてきた。座席番号を確認すると外国人旅行客の席がチベット族の夫婦に占領されていた。チベット族の夫婦に外国人旅行客の席であることをいうと、「席を交換してほしい」と言ってきた。外国人旅行客が「窓際の席にして欲しい」と言うとチベット族の旦那が「自分は41番で窓際だからいいでしょ」とか言ってくるので交渉成立。外国人旅行客は最後部の窓際の座席に座ったというか、この外国人旅行客は中国語が話せるようだ。「アメリカ人ですか?」と聞いてみると「フランス人です」と答えてきた。年配のフランス人1人で玉樹を訪れるとは凄い。0830になり発車時刻なのだがようやく乗客の確認をして0845に出発する。

通天河と巴顔喀拉山口を越える

山道に突入していきますこれが通天河です。放牧地のようでチベット族のテントが見られます
玉樹を離れ国道214号を走り西寧へ向かう。途中で客を乗せながらバスは山岳地帯を走る。山道を走っていると通天河を渡る。瑪多から玉樹は来るときは夜で寝ていて何も分からなかったが景色は凄く良く、有名な通天河も見られて西寧までよい旅路になりそうだ。1時間ほどで歇武に到着する。歇武は四川省に一番近い町のようだが四川省へ向うバスは見当たらなかった。恐らく乗り合いタクシーとかで四川省へ向うのだろうか?
海抜4000m以上の山道をどんどん登っていきますチベット族の住居峠にはこんな感じでタルチョがあります
歇武を過ぎて山道をどんどん登っていくがチベット族が放牧をしているようで山の斜面に牛などの姿が見える。4000m以上の高地でも放牧が行われておりよい撮影の機会に恵まれた。山を登っていくと峠にはタルチョが掲げられており峠を越えるときに乗車していた修行僧たちが叫びながら経文の書かれた紙を撒いていく。と、経文の書かれた紙を撒くまでは良いのだが実は紙以外にも残念なことに後ろの座席に座っていた坊さんがペットボトルを投げ捨てていたのだ。他の坊さんやチベット族の乗客までも窓からゴミを投げ捨て車内で痰を吐いてタバコを吸う。この光景をダライ・ラマが見たらどう思うだろうか?ある意味で中国政府のチベット族への政策が成功している証拠だろう。こちらとしてはチベット族やチベット仏教に対してのイメージが崩壊していった。
チベット族の集落峠を越えるたびに修行僧は経文の書かれた紙を撒いていきます遠くに牛たちが放牧されています
経文を撒くこの光景は西寧まで峠を越えるたびに行われていた。そして、西寧から玉樹の最も海抜の高い巴顔喀拉山口を越えていく。ここは海抜4829mだが誰も高山病にはなっていない。自分も何とも無く酸素ボンベすら必要ない。それ以前に買っていないけど・・・。

黄河を越えて瑪多から花石峡へ

これが最上流部の黄河です瑪多の黄河沿で食事休憩のため停車です黄河沿はバスの休憩場所になっているようです。
巴顔喀拉山口を越えたら一気に山を下りてバスは平原を疾走する。1400頃、瑪多の黄河沿へ到着する直前に瑪多黄河橋を渡る。瑪多黄河橋は地図で確認する限りでは黄河の最も上流に架かる国道の橋だ。黄河といっても最上流部なので川幅はそれほど無い。橋の標識を見てようやく黄河だと分かったほど普段イメージしている黄河とはかけ離れていた。おかげで気付くのが遅れて撮影も遅れてしまった。黄河を渡り瑪多の黄河沿に到着して、ここで昼食となり1時間ほど停車する。どうやら西寧⇔玉樹のバスは行きも帰りも瑪多の黄河沿で休憩になるようだ。昼食はイスラム食堂で牛肉麺を食べる。5元で少し高いなと思ったら牛肉がたくさん入っていた。まあ、値段相応だった。食べ終わり外へ出るとフランス人が地図を見せながら乗客たちと話をしているので近寄って話を聞いてみる。地図には印が付いていたのでどこに行くのか聞いてみると花石峡で降りて瑪沁方面から西寧へ行き、最後に西安へ向うということだった。でも、朝に切符を見たときは行き先は西寧だったのだが・・・。ユーロ高で金持ちのフランス人には途中で降りてしまっても痛くないのだろう。ここで、フランス人に「田舎はどこ?」と聞かれたので「日本です」と答えると予想していなかったようで少し驚いていた。周りの乗客も「日本、日本」と言っている。まあ、こんな所で日本人に遭遇するなんて考えられないだろうな。乗客にとっては日本人とフランス人に遭遇することの方がもっと考えられないだろうな。乗客たちは日本人とフランス人が目の前にいるので色々と質問してくる。「どこで中国語を覚えたんだ?」「日本の東京に住んでいるのか?大阪に住んでいるのか?」「フランスのどこに住んでいるんだ?」「どんな仕事をしているんだ」とか乗客はかなり興味津々のようだ。フランス人は逆に乗客に「仕事で西寧にいくの?」「何の仕事をしているの?」とか聞いている。乗客は「出稼ぎに行く」と話しており予想通り民工だった。フランス人はベトナムに住んでいるようでベトナム語関連の仕事をしているようだ。1500頃、食事休憩が終わりバスは西寧へ向かい走り出す。
何も無い平原にはチベット族の遊牧民がいるだけです花石峡でフランス人が下車しました。右がフランス人です。
平原を爆走して行き1時間ほどで花石峡に到着する。ここでフランス人がバスを降りるが何も無い田舎で瑪沁方面のバスがあるとは思えない。ヒッチハイクで向うのだろうな。

チベット族の放牧地を通り西寧へ

徐々に放牧されている家畜が増えてきます道路わきでも牛や山羊たちが草を食べていますチベット族の住居も多くなり、こういった光景が多く見られるようになります
花石峡を過ぎると徐々にヤク、山羊、羊、馬の姿が多くなってくる。チベット族の放牧地に入ったようだ。チベット族のテントも多く見えるようになり、どうやらここは放牧に最適の場所のようだ。
毛皮を積んだトラックにも遭遇したりしますチベット族の住居が集まり遊牧民の小さな集落が形成されています橋が建設中で遊牧民の土地にも開発の波が押し寄せてくるのでしょうか?
たまに道路わきに停車しているトラックには牛やヤクなどが乗せられていたり、毛皮が積まれていたりするのを見かける。更にテントが集まり小さな集落のようになっている所ではテントの中にビールが積まれているのが見えたりした。どうやら、商店もあるようだ。1800前に河卡の手前でトンネルと橋の建設現場を通り過ぎる。数年後には完成して交通の便がよくなるのだろう。しかし、この辺境の地にまで開発の波が押し寄せるということなのだろう。これがチベット族にとって良いか悪いかはまだ判断できないだろう。2230頃、西寧汽車站に到着する。まだ路線バスはあるようなのだが本数が少ないので待っているより歩いたほうが良いと判断して一昨日まで滞在していたユースホステルの塔頂陽光旅友驛站へ向う。

やはり塔頂陽光旅友驛站は快適

2300頃、塔頂陽光旅友驛站に到着する。階段を登ると入口はまだ開いており入ると宿のおばちゃんが覚えていたようで「帰ってきたの?こんな時間にどこに行ってたの?」と聞いてきた。確かにこんな時間に再び来る客は珍しいだろうな。2泊することにしてパスポートと会員証を出すが「一昨日までいたから記録があるからいいよ」と確認なしで保証金も前回より安くなっていた。今回は前回とは別の部屋だったが服務員に案内されるときに一昨日水筒を忘れたことを言ったら一緒に部屋を確認してくれて水筒を無事発見する。ドミトリーだったから運良く残っていたが個室だったら確実に破棄されていただろう。水筒を回収して部屋に着くと先客が一人寝ていた。こちらは外で夕飯というか夜食を食べてから寝ることにする。

2007/8/20

予算使用状況
出金

食費 17元
バス代 2元
バス代(西寧→同徳) 49元
合計 68元

同徳行きの切符を購入

同徳行きのバスの切符
0900頃、西寧汽車站で明日の同徳行きのバスの切符を購入する。相変わらず切符売り場は混雑しているが列に並んで待っていると切符を購入した人民Aが釣銭を落とすが自分の前に並んでいた人民Bが声をかけるが人民Aは5角硬貨に気付かず立ち去ってしまう。ここで、残された5角硬貨だが誰もいなければ自分が迷わず頂いてしまうのだが、さすがに周辺は人だらけだ。切符購入後に残っていたら拾って速やかに現場を離脱しようと考えていたが、やはりというか予想通り人民Bが5角硬貨を拾った。このままで人民Bが得をしてしまうので阻止しなければならない!そこで、左脇にある紅十字会の募金箱を利用することにして人民Bの肩をたたき募金箱を指差した。人民Bは観念したようで5角硬貨を募金箱へ投入した。作戦成功だ!目の前で人が落とした金を別人が頂くのは嫌なのでネコババ阻止は気分が良い。でも、自分は中国では遠慮なくネコババします。公安に届けても日本みたいに1割貰えるか分からないので・・・。同徳行きのバスの切符を購入後はユースホステルで洗濯とHP作成、情報収集で過ごす。

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2010年07月29日 16:55:17