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雲南省旅行記~南傘口岸編

概要
ラオスとの国境の町である勐腊からミャンマーとの国境の町である南傘へと移動するが南傘への道は険しかった。南傘ではイミグレの南傘口岸を見物して予想通りあった地元民の抜け道からミャンマーへ5mほど密入国する。


Google Earth
雲南省

2008/2/18

予算使用状況
出金

食費 8.5元
宿泊費 30元
保証金 30元
バス代(寧洱→景谷) 22元
バス代(景谷→臨滄) 38元
合計 128.5元

入金
保証金戻る 70元

両替
JTBグローバルキャッシュ(中国建設銀行で降ろす) 2000元=31618円 1元=15.809円

勐腊→寧洱

勐腊→寧洱のバスの切符勐腊→寧洱のバス寧洱客運站
0550頃、宿を出て勐腊北站で寧洱行きのバスに乗車するが当然ながら夜は明けていない。久しぶりに朝一のバスに乗車するが寧洱到着は昼過ぎだろうか?0610頃、勐腊北站を出発して真っ暗な道を走っていく。0810頃、勐侖汽車站に到着し10分ほど休憩をして出発する。途中で建設途中の高速道路を走り寧洱へ向け順調に進む。1130頃、普洱客運站に到着して乗客が半分ほど下車し再び発車する。山道に入ると茶畑が広がっており途中で白嘟琪という場所で茶馬古道の石碑を見つける。地図を見ると那柯里茶馬古道のようだ。すでに茶馬古道に沿って寧洱へ向かっているようだ。1230頃、寧洱客運站に到着する。

茶馬古道とは?

さて今回の寧洱滞在の目的は普洱茶の本場である寧洱で茶畑と茶馬古道を見物することだ。普洱茶は日本でも有名なのでここで説明する必要は無いが茶馬古道はまだ日本でも知名度が低いのでちょっと解説しておこう。茶馬古道は唐代にできた主に雲南、四川、チベットの間をつなぐ古代の貿易路で名前の通り主に中国の茶とチベットの馬が取引されていました。一般的に茶馬古道といえば中国では普洱~大理~麗江~ラサの経路が有名だが他にも普洱~勐腊~ラオス、普洱~江城~ベトナム、普洱~ミャンマー、普洱~昆明~北京などの経路がある。チベット族はヤクなど肉類中心の食生活なので野菜不足を補うのに茶を飲んでおり茶を手に入れるのに馬と交換していたのです。茶を馬に積み普洱を出発してラサへ到着するのには数ヶ月の日数がかかりその間に茶葉が熟成され味も相当良くなったらしい。といった感じで茶馬古道はこんな概要ですね。参考

予想外の寧洱滞在断念

さて、寧洱で宿を探さなければならないのだが、寧洱はバックパッカーが滞在できるような場所ではなかった。8件以上宿泊拒否に遭いました。高いところは勿論外国人でも大丈夫なのだが招待所や旅社は追い出されます。外国人が宿泊可能な宿で1番安かったのが寧洱賓館の1泊60元だ。初めは寧洱賓館の1泊15元の部屋に泊まろうとしたらおばちゃんに「外国人はあっちの建物じゃないと泊まれない」とか言われるが「自分は全く問題ない」と言い返して居座ろうとしたが結局駄目だった。さすがに1泊60元払ってまで寧洱に滞在する価値はなさそうなのでこのまま景谷まで移動することにする。まあ、国道沿いにお茶屋がたくさんあるのが確認できたし茶畑や茶馬古道の石碑を見たのでよしとしよう。写真を撮っていなかったのが悔やまれるが・・・。景谷へ移動することを決めたが手持ちの軍資金が100元をきっているので中国建設銀行で2000元を引き出す。

寧洱→景谷

寧洱→景谷のバスの切符このバスで移動です2時間ほどの滞在で寧洱を離れます
1400頃、寧洱客運站で景谷行きの切符を購入しようとするが相変わらず人民は並んでいなかったので、とりあえず並んで割り込んでくる人民を妨害しながら購入する。バスに乗車して1430頃に出発する。山道を2時間ほど走り1630頃、山に囲まれた景谷に到着する。景谷はそこそこの規模の町のようで路線バスも走っている。さて、宿を探さなければならないのだが景谷でも宿泊拒否に遭いそうな予感がしていたが、1件目の金三角客桟で宿泊できてしまった。どうやら、景谷は公安が厳しくないようだ。

市場は蝿が・・・

市場はまあまあ広いようです市場市場
宿も決まり夕飯を食べに出かけた時に市場を見つけたので見物してみる。まあまあの広さで色々店があるのだがそこらじゅうに野菜や果物の屑が散らかっており蝿が大量発生しており店によってはハエ捕り紙を設置しているが既に蝿で真っ黒になっていた。こういう光景を見ると中国の衛生環境は日本と比べると数十年は遅れているのではないかと考えてしまう。

2008/2/19

予算使用状況
出金

食費 6元
宿泊費 20元
保証金 20元
バス代(臨滄→鎮康) 59元
合計 105元

入金
保証金戻る 30元

景谷→臨滄

臨滄→保山のバスの切符これが故障したバス
0900頃、景谷客運站でバスに乗車するが隣の乗客(漢族ではない)が酒を飲んでいる。まだ、朝なのに酔っているようで酒を勧めてきたりと絡んでくるので無視する。乗客が集まり定刻から5分遅れの0935頃、景谷客運站を出発する。かなりの田舎のようで乗客のほとんどは見た目で漢族でないのが分かる。言葉も普通話ではないので何を話しているかはさっぱり分からない。1045頃、永平客運站に到着して休憩と冷却水の補給をして1120頃、永平客運站を出発するが道が未舗装の悪路に変わり速度がかなり遅くなる。臨滄まではまだ90㎞程あるのだがこれだと何時に到着するか分からなくなってきた。
冷却水を補給中。未舗装の悪路を進んできます。修理中なのだが、乗客の人民はこちらがかなり気になるらしい。
1300頃、とある集落で冷却水の補給で休憩をして再び出発するがバスが停車して運ちゃんが後輪部分をいじり始めた。どうやら故障のようだ。暫くして直らないようなので集落へ戻り修理屋で応急修理ということになる。修理に30分ほどかかったのだが、随分とでかい部品を取り外して修理完了のようだ。バスは再び出発するのだが部品を外したまま走って大丈夫なのだろうか?山の中の悪路をひたすら進み酷い土埃で車内では乗客が痰をそこらじゅうで吐いている。この劣悪な環境の中で瀾滄江(メコン川)を越えていく。
圏内に入ると菜の花畑が広がっていた圏内は春が訪れているようです臨滄客運站
瀾滄江(メコン川)を越えて更に山を越えるとようやく舗装された道路に出た。ここは圏内という場所のようで圏内からは菜の花畑が広がっていた。1700頃、臨滄客運站に到着する。時刻表を確認すると今日はこれ以上先へは行けないようだ。とりあえずは宿を決めてからどうするか考えることにするが宿を探しているうちに臨滄客運站から100mも離れていない所に臨翔区客運中心站を見つける。臨滄はどうやらバスターミナルが2ヵ所あるようだ。そして、宿はバスターミナル近くの徳安旅店に決めて臨滄客運站で明日の鎮康行きの切符を購入しようとしたら窓口のおばちゃんに「風尾の方、それとも南傘の方?」と聞かれる。よく分からないので説明を聞いたら風尾は老県城で南傘は新県城ということだった。バスの発車時間を聞いたら風尾行きが0730発で早かったので鎮康の風尾行きを買う。

ご飯お代わり自由の快餐を見つける

切符を購入したので夕飯を食べに行くがバスターミナル近くの快餐で三菜二葷(野菜3種類、肉類2種類)で6元なので食べることにするが実はこの快餐はご飯のお代わりは自由だった。ご飯を5杯お代わりして久しぶりに満腹になった。中国はインフレが進行中なのだがこういう快餐は貴重だ。

2008/2/20

予算使用状況
出金

食費 6元
宿泊費 25元
保証金 10元
合計 41元

入金
保証金戻る 20元

臨滄→鎮康

臨滄→鎮康のバスの切符昼食で休憩する山の中なので棚田だか段々畑がある
0650頃、宿を出て臨滄客運站で鎮康行きのバスに乗車する。今日は鎮康県南傘鎮が目的地だ。南傘鎮はミャンマーとの国境の町で国境貿易が行われているらしい。0730頃、臨滄客運站を出発して山道をひたすら進む。乗客は漢族でない地元民ばかりで何を話しているのか全く分からない。おまけに痰や唾をそこらじゅうに吐くし、瓜子の食べかすを床に散らかしている。まあ、はっきりいって人の姿をした猿が乗車しており共産党がもっとしっかり教育して文明人に進化させなくてはならないだろう。1100頃、山の中の食堂で昼食の為に休憩するが自分は呑まず食わずで過ごす。
永徳客運中心站風尾客運站
1350頃、永徳客運中心站に到着して10分ほどの休憩になる。1400頃、出発して山を越えていき1540頃、鎮康汽車站(風尾客運站)に到着する。バスはここが終点なので南傘行きのバスを待つことにするが、鎮康止まりのバスに乗車したのが間違いというか悲劇の始まりだった。鎮康からは南傘へのバスは無くタクシーしかなかったのだ。タクシーだと南傘まで25元もする。値切っても20元だった。一応バスだと11元なのだが、そのバスが運行されていない。そうなると、鎮康を通過する南傘行きのバスを捕まえるしかないのだが、この時間だと昨日臨滄で買うのをやめた南傘行きのバスしか期待できない。1時間後くらいにはここを通過する筈なので待つことにするが南傘行きのバスは席が無くて乗せてくれなかった。田舎だと大体席が無くても乗せてくれるのだがこういう時に限って運ちゃんは何故か法律を守ろうとする。今まで中国のバスは定員超過は当たり前だったのにここでは違っていた。こうなるとタクシーも交通手段に考えたが無理して今日中に南傘へ行く必要は無いので風尾で1泊する事にする。昨日、南傘行きの切符を買うべきだった。明日の午前中にバスを拾うことにしよう。

部屋に鼠がいた

HPを作成している時に床を黒い物体が移動しているのを目撃する。黒い物体はベットの下に隠れて出てこないが何かをかじる音が聞こえてくる。何と部屋に鼠がいるのだ。追い出そうとしてもベットの下からは出てこず結局どうすることも出来ずベットの下に鼠がいるまま寝ることになるが当然眠ることが出来ない。この時、ドラえもんの気持ちが少し理解できたような気がした。

2008/2/21

予算使用状況
出金

食費 12元
宿泊費 20元
保証金 10元
乗合タクシー代(鎮康→南傘) 20元
三輪バイクタクシー 5元
バス代(南傘→芒市) 85.5元
合計 152.5元

入金
保証金戻る 10元

鎮康→南傘

0815頃、眠ることが出来ずにボロ宿を出る。南傘を通るバスを拾わなければならないのだが昼までに4本バスが通ったが全て満員で乗車拒否されてしまった。こうなっては進退窮まると言った所だろうか仕方ないので乗合タクシーを拾うことにするが昨日大体の相場を把握しているので南傘までは20元でなければ乗らない事にして運ちゃんに声をかける。乗合タクシーに乗り、客をあと2人乗せて南傘へ行くのだが客がなかなか見つからずに結局1300頃に鎮康を出発して1400頃、南傘に到着する。運ちゃんにバスターミナルはどこか聞くと新城にあるという事だったので言われた方向へ歩いていくが宿が少なくなってきたので引き返してとりあえず宿を決める。

山に登る

山の上にある白い建物に登ります南傘が一望できます左奥はミャンマーです
バスターミナルを探さなければならないのだが再び西の方へ歩いていくと急に新しい道になり区画整理された街が目の前に出現した。この時、運ちゃんが新城と言っていた意味が理解できた。南傘は昔からある街と行政の中心地として新しく作られた街に分かれていたのだ。新城を歩いていると山の上に景観台みたいのがあるので登ってみることにする。息切れしながら登りきると南傘が一望できミャンマーも見ることが出来た。

南傘客運站

南傘客運站
1550頃、南傘客運站を発見する。バスターミナル周辺は新しい宿が多数あり便利そうだ。自分が泊まっている宿は南傘の古い街の方なのでバスターミナルまで1.5㎞ほど離れている。

南傘口岸

南傘口岸。奥にミャンマーのイミグレが見えています網が破られているのでミャンマーから地元民が普通に中国へやって来ます。いや、帰って来たのかもしれない。見たとおり国境線が引かれているのですが網が破られている所も・・・。奥にミャンマーのイミグレがあります。
一旦宿に戻り南傘口岸を探すのだが手がかりになる道路標識が一切ないので三輪バイクタクシーを利用する事にするがぼったくられないように数人の運ちゃんに料金を聞いてから利用する。旧街から南傘口岸まで5元で1650頃に到着する。南傘口岸からはミャンマーのイミグレが見えており、すぐ近くにミャンマーがると認識させられる。そして、南傘口岸には「人民はミャンマーで賭博をするな!」というような看板が出ていた。中国人はミャンマーで相当博打にのめり込んでいる様だ。南傘口岸まで来たが自分はミャンマーのビザを持っていないし、南傘口岸は打洛口岸と同じ二類口岸なので外国人の通行は許可されていないのでこれ以上進むことは出来ない・・・。しかし、ここで引き下がる訳には行かない。どこかに抜け道がある筈だと思い探してみると、やっぱりありました。国境の金網が破られ地元民が中国とミャンマーを普通に行き来しています。恐らくこの状況を政府は把握しているが黙認しているのでしょう。
ミャンマー側から撮影。左奥にミャンマーのイミグレ、右奥に中国の南傘口岸があります。ミャンマー側から中国を撮影
周囲を見渡して警備兵がいないのを確認して知らない振りして金網の向こう側へ行きますが地元のおばちゃんに「这里是老街(ここは老街)」と言われよそ者というのが既にばれていた。というより、南傘でなくミャンマー側の地名を言っていたので国境を越えていたことが確認できた。因みに南傘は旧日本軍がミャンマーから侵入して攻撃を受けた過去がある。参考

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2010年07月29日 17:07:16