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雲南省旅行記(夏)~昆明・玉渓・昆陽編

概要
大理から鉄道で昆明へとやって来た。今回は昆明周辺の玉渓や昆陽へ足を伸ばしてみるが玉渓では列車が運休になっており目的の乗り鉄に失敗するが中国国歌である義勇軍行進曲を作曲した聶耳の生家を訪れる。昆陽では南海遠征で知られる明の宦官・鄭和の父・馬哈只の墓を見物する。


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雲南省

2008/8/7

予算使用状況
出金

食費 10元
宿泊費 25元
保証金 75元
バス代 2.5元
合計 112.5元

入金
保証金戻る 35元

N820次 硬臥代座で大理→昆明

N820次 大理→昆明の切符大理駅。珍しく人民が並んでいる。田園風景が広がっています
0600頃に起床して0640頃に三友客桟を出る。しかし、今日はいつもとはちょっと違っていた。実は泊まっていた4人ドミは全員日本人でその内の3人が一緒にチェックアウトしたのだ。M先生とは一緒に昆明まで行くのだが雨が降っており自分は先に8路のバス停へ向かいM先生は雨が弱くなってから行くという事になり、自分は河北省保定で中国語を勉強している留学生と途中まで歩く事になる。途中で留学生と別れ8路のバスに乗車する。0745頃、大理駅に到着して待合室で待っているとM先生がやって来た。N820次は0830発なのだが駅員が0840頃の改札になると叫んでいる。暫くすると改札が0850になると放送される。始発なのにダイヤが乱れている。そして、1番ホームに昆明から列車が遅れて到着する。そう、これがN820次になるので発車時刻まで遅れてしまったのだ。改札が始まり列車に乗り込み10分ほどで発車する。列車はノロノロ走り高速と並行する区間は高速バスに追い越されていく。田園地帯を走り発車時刻は遅れていたが到着は定刻通り1725に昆明駅に到着する。昆明駅を出てM先生は河口へ向かうのでここで分かれる。そして、2路のバスに乗車して昆明国際青年旅舎を目指す。

昆明国際青年旅舎

昆明国際青年旅舎部屋は3人ドミでテレビ付き
2路のバスに乗車して百匯商場(百汇商场)で下車する。翠湖南路に沿って歩き1810頃、省図書館の脇にある昆明国際青年旅舎に到着する。 1泊25元で3人ドミに宿泊する。元々は賓館だったようで部屋にはテレビと電話が付いていた。昆明国際青年旅舎は以前は翠湖南路の別の場所にあったのだが、この時はニーハオトイレだったりと設備は酷かったのだが現在の場所に移転してからは大幅に改善され天と地ほどの差だ。これならユースホステルとしても合格だろう。

2008/8/8

予算使用状況
出金

食費 13元
宿泊費 30元
保証金 50元
バス代 1元
バス代(昆明→玉渓) 27元
合計 121元

入金
保証金戻る 75元
1角硬貨拾う 0.1元

昆明→玉渓

昆明→玉渓のバスの切符バスの切符売場このバスで玉渓へ行きます
0800頃、昆明国際青年旅舎をチェックアウトして2路のバスで昆明駅へ向かう。0900前、昆明駅に到着する。昆明駅の隣にある昆明站長途汽車客運站で玉渓行きの切符を買いバスに乗り込む。1030発なのでのんびり待つ。客が徐々に集まり始めて1030に発車する。高速を走り1210頃、玉渓汽車客運中心に到着する。

玉渓駅へ行ってみると

玉渓駅4月4日から運休だったとは・・・
まずは玉渓汽車客運中心から15分ほど歩いて玉渓駅に到着する。今回、玉渓-昆明を乗り鉄をしようとと思い玉渓まで来たのだが、4月から列車が運休になっていたのだ。しかし、7/1のダイヤ改正で昆明駅にあった最新の時刻表には昆明-玉渓の列車が出ていた。どういう事なんだ?こうなると夕方に昆明→玉渓の列車が到着する時刻にもう一度玉渓駅を訪れ本当に運休か確認するしかないな。

宿探しに苦労する

金興賓館1人部屋なのだが何故か3人部屋の広さだ。
さて、玉渓駅から再び玉渓汽車客運中心まで戻り宿を探すが周辺の宿は全て外国人お断りの宿であった。そこで、旅行人の掲示板に第三人民医院の近くに安宿があるという情報を思い出し第三人民医院を探す。玉渓汽車客運中心から玉江西路を歩いていくと第三人民医院があり対面の菜園路(菜园路)に宿が数軒あるので料金を比べて金興賓館に1泊30元(トイレ・シャワー共同)で泊まる。

聶耳故居、聶耳公園

聶耳故居これが門。地元の婆ちゃんたちが占領していた聶耳故居
玉渓で乗り鉄失敗の空気が漂い始めたので、手ぶらで昆明へ戻るわけにはいかない。そこで、玉渓は中国の国歌である義勇軍行進曲を作曲した聶耳の故郷なので聶耳故居を訪れてみる事にする。1520頃、北門街を歩いていると聶耳故居に到着する。門は地元の婆ちゃんたちが占領していたが門をくぐり建物へ入ろうとすると入場料10元の文字が見える。迷わず見物しない事にする。
聶耳故居の脇には歩行者街がある聶耳公園の聶耳の銅像
周辺を散歩しながら1600頃、聶耳公園に到着する。公園内には聶耳の銅像と聶耳紀念館があるようだが聶耳の銅像を見物して外へ出る。

再び玉渓駅へ行くが・・・

1915頃、宿を出て再び玉渓駅へ行くが玉渓駅には列車は無かった。本当に運休だった。しかし、4月から運休だったが昆明駅の切符売場にあった7月の時刻表には載っていた。しかし、未だに運休とは一体どういう事なんだ?運休なら7月の時刻表に載せるなよ!明日、バスで昆明へ戻る事にして宿でオリンピックの開会式でも見ることにする。

2008/8/9

予算使用状況
出金

食費 10元
宿泊費 125元(25元×4)
保証金 100元
バス代 2元
バス代(玉渓→昆明) 24元
合計 259元

入金
保証金戻る 50元

玉渓→昆明

玉渓→昆明のバスの切符このバスで昆明へ戻ります
0745頃、宿を出て玉渓汽車客運中心から昆明行きのバスに乗車する。切符購入時に東と南のバスターミナルのどちらにするか聞かれ東には行った事が無いので東行きのバスに乗車する。バスは客が集まり次第の発車で0830頃に発車する。高速を走り0940頃、昆明東部金馬客運站に到着する。

昆明大脚氏国際青年旅舎

103路のバスに乗車して昆明北駅(火车北站)へ移動して、64路のバスに乗り換え雲南日報社(云南日报社)で下車する。昆明ではやはり宿は昆明大脚氏国際青年旅舎が定番だろう。今回も宿泊するのは8人ドミだが噂には聞いていたが5元値上げになっていた。やはり、水道料金など公共料金の値上げやインフレの影響なのだろう。しかし、貴重な安宿である事には変わりない。8人ドミには既に日本人2人がいるという事だったが、自分がドミでシャワー兼洗濯の準備をしていると新たに日本人が1人やって来た。シャワー兼洗濯を済ませてこの日本人S先生と昼食を食べに出かける。S先生は北京に2年留学していたそうで本業はドキュメンタリー映画の監督だそうで成都のシムズに滞在している時はボランティアと取材で地震の被災地へも行ってきたそうだ。おまけに被災地のハンセン病の隔離村へ行こうとして人民たちに止められるほどの凄い人だ。昼食を食べ終わってユースに戻ると同じドミのA先生がおり3人で話をする。A先生は雲南の少数民族専門で旅をしているそうでかなりの奥地にも行っているようだ。

2008/8/10

予算使用状況
出金

食費 9.5元
バス代(昆明⇔昆陽) 24元
鄭和公園 2.5元
合計 36元

バスで昆明→昆陽

ウォルマート近くの人民西路に昆陽行きのバス停車場があるこのバスで昆陽へ向かいます昆明→昆陽のバスの切符
0930頃、宿を出て昆陽行きのバスに乗車する為に小西門の近くにある停車場へ向かう。1000頃、停車場に到着して昆陽行きの切符を購入する。バスに乗車して1030に発車して高速を走り1140頃、昆陽に到着する。

鄭和公園で鄭和故居と馬哈只墓を見物

途中の広場には鄭和の銅像がある鄭和公園入場券(表)鄭和公園入場券(裏)
昆陽は昆明の南にある滇池の南湖畔にある街なのだが、昆陽に来た目的はここが南海遠征を行った明の宦官の鄭和の故郷だからだ。昆陽の鄭和公園には鄭和故居と鄭和の父・馬哈只の墓があるので、ここが今日の目的地だ。鄭和公園は小さな山の上にあるので到着時に何となくそれらしい山が見えていたし標識も出ていたので順調に鄭和公園まで行けそうだ。鄭和公園へ向かう途中に広場があり巨大な鄭和の銅像がある。何でも大きな物が大好きな中国なので鄭和の銅像も巨大なのだろう。
鄭和公園鄭和公園からは昆陽の街と滇池が見渡せる三宝楼
昼頃、鄭和公園に到着する。入場料は2.5元で安いのだが微妙な料金設定だ。公園からは昆陽の街と滇池が見渡せる。
馬哈只墓鄭和故居・鄭和紀念館中華民国の頃の石碑があり現在は紀念館が整備されている
鄭和公園での見所は鄭和の父・馬哈只の墓と鄭和故居しかない。鄭和の父と祖父は聖地メッカへ巡礼に行っておりハッジ(哈只)と呼ばれている。その為に鄭和の父は馬哈只という名前のようだ。馬哈只墓は1959年に修復されて、その後も修復と整備が続けられている。鄭和故居は現在は鄭和紀念館が建てられ敷地内に石碑が残っている。
昆陽→昆明のバスの切符
鄭和公園を後にして1300頃に快餐で昼食を食べる。ここの快餐は5元でご飯、おかずが食べ放題なのでひたすら地元民とともに食べ続ける。そして、昆明行きのバスの切符を購入して1600頃、昆明に戻る。夕飯はS先生と同じドミのB先生と食べに出かける。安食堂で炒飯やビールを頼んでいると後ろの席に日本人女性がおり一緒に食べる事になる。C女史も昆明大脚氏国際青年旅舎に宿泊しており、この後ラオスへ向かうとの事だった。こうして日本人4人で夕飯を食べるが雷鳴が聞こえてくる。そして、雨が降り出し帰るに帰れなくなる。雨が止むのを待って安食堂で雑談をして粘るが雨は止まずに2100頃、雨の中をユースへ戻る羽目になる。

雲南省旅行記(夏)~メータゲージ乗り鉄編へ続く



2008年11月22日 12:55:14